第5話

帰り道、瑠奈が本を読みながら歩いている。なんだよ、いつもは話かけて俺の汚い感情を浄化させるような声で笑うのに……。



「おい、読みながら歩くのは危ないだろ」

「あ……ちょっと」



 本を取り上げ、ページをすぐに閉じ、俺の鞄に仕舞い込んだ。瑠奈は口を尖らせ、こちらをジト目で見つめた。



「せっかく、良いところだったのに」

「またお前はこんな幻想的なもの見て。少しは現実的な物語読めよ」

「やだぁ、今見てる物語の方が面白いんだもん」

「どんな物語、見てんだよ」



 瑠奈は、ふいに目を伏せた。長い睫毛が、物憂げに影を指している。いつもの大きく口を弧に描いて、嬉しそうに話す面影がない。

 何か、あったのか。

 そう尋ねようとしたが、先に瑠奈の口が動く。


「兎が月の陰になった物語」



 また、月か。

 俺は馬鹿らしくなって、尋ねる事をやめた。 瑠奈は小さい頃から月になりたいと言っていたが、まだ懲りてなかったのか。わざと大袈裟に肩を落とし、首を横に振る。瑠奈がますます口を尖らせたのが見えて、面白くて少し笑った。



「馬鹿馬鹿しい。そんなに月が好きなら宇宙飛行士になって月面着陸すれば良いじゃないか」

「違うよ〜。私は月に行くんじゃなくて、月になりたいんだよ」

「見るだけじゃダメなのかよ。どうしてそんなに月になりたいんだ」

「……皆の事、見守れるから」



 意味が分からない。このような一連のやり取りはずっとしているが、分からないままだ。

 遠くじゃなくて、近くで見守っていてくれよ。


 瑠奈はふと足を止め、小さく呟いた。


「あ、」

「ん? どうした?」

「ちょっと忘れ物しちゃって」

「はぁ? あれだけ確認しろって言ったよな?」

「ごめんごめん」

「仕方ねぇな、取りに行くぞ」

「あ、待って。ケンちゃんは、お母さんところ行って」

「何でだよ」

「今日、中秋の名月でしょ? お月見団子一緒に作る予定だったんだけど、間に合わないと思うから」

「かわりに俺が作れと」



うん、と悪びれず、さも当たり前のように頷かれてまたため息をついた。傲慢すぎるだろ。断ってもいいんだが、惚れた弱みだ。



「……俺も団子食べるからな」



瑠奈は満面の笑みを浮かべると、お礼を言って抱きついてきた。俺は慌てて引き剥がすと、手を追い払うようにシッシッと振る。



「早く行けよ!」

「うん! また夜ね!」



 小走りで駆けて行った瑠奈に肩を落とした。だが、反対に口角は上がりつつある。夜に会うなんて、小学生の時以来じゃないだろうか。満月と一緒ってのが気に食わないが。


 俺は踵を返すと、瑠奈と反対方向に進んでいった。

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