四歩目 小さな牙~前編~




♪ありがとう ここにいてくれて この暗い街で かけがえのない 小さな灯り♪



サイレンが、すぐそこで止まった。


ウィーン!ウィーン!ウィ!

赤と青の光が、周囲を不気味に染め始める。


(…ルナ、逃げるぞ)


月影の声が、頭の中で鋭く響いた。だが


「ま、待って…」


見下ろすと、足元にぴったりと体を寄せて、震えながら金色の瞳で私を見ている。

ガリガリでぼさぼさの毛並みが、胸の奥を締め付けた。

「…っ」

その小さな頭を、そっと撫でる。

荒れた毛。

震えが、指に伝わってくる。

涙が、ぽろりと頬を伝った。


「ごめん……」


茶虎の小さな頭を、掌で包むようにして、ゆっくり離した。

けど、離れまいと前足を伸ばして、私の足にすがる。

小さな爪が、薄汚れたコートに引っかかった。


みゃぅ~…


声が震えた。


お金さえ…あれば…

脳無しでさえ、なければ…


「…っ…ごめん、ね…」


想いを押し殺し、爪を取り…踵を、返した。


みゃぁ~


振り向かなかった。


素足が、木製の歩道にペタペタと音と血の跡を残す。

沈黙した人だかりを無造作に掻き分けていると…


(ごめん、通報したの俺なんだ……逃げてくれよ……)

『血まみれで歌うとか鳥肌立った』

(ねこに懐かれる子が悪いわけないだろ…俺が間違ってた)

『は? 猫が懐いただけで全肯定とかアホだろ』

(誰だ今暴言吐いた奴、特定班、頼んだ!)

(いやでも、ギャッハー団絡んでるっぽいしヤバくね?)

(ねこ可哀想すぎる…誰か拾ってやってくれ!漏れはもう飼えんにゃ!)

『血塗れの歌姫爆誕!』


少しだけ、胸が温かくなった…。だが——


【動くな! 貴様を逮捕する!!】


拡張機の大音量が、路地に響いた。


人だかりが割れたその先に、ザザザッと、黒い壁が現れた。

5人、いや6人。


全員の目が、AIチップ特有の青白い光を放っている。

銃口が、ズラリと私に向けられる。

赤いレーザーの点が、血まみれのコートに散らばって踊った。


先頭の警官が、無表情で近付いて来た。


「傷害致死容疑で逮捕する。両手を上げろ、抵抗すれば射殺する」


(ほぉ、中々いい体だ。ガリガリなのに、…膨らみがある)

(ラッキー!連行してからじっくり遊べるだろ♪取調室空いてるよな?)

(は? まだガキだろ?こないだの色っぺぇ方が良かったがなw)

(前回みたいに泣かせて黙らせるか。抵抗したらネットにバラすって脅せば簡単だろ)

(あの白い肌、痕残ったら可愛いかも。写真撮って仲間内で回そうぜ)

(涎出が止まんねwさっさと逮捕だ逮捕!溜まってたんだよおらぁよぉ♪)


吐き気を催す。

頭の中で、冷たい計算が回り始める。


状況を分析。

敵は6人。

油断しきっている。

実戦経験、ゼロと判断。

更に油断させ、のこのこと近付いた悪魔の銃を奪い、股間を撃ち抜く。

ソレを盾に、残りを処理。

3秒で片を付けた場合…

成功率、98%

これはただの

害虫駆除。

息をするよりも簡単。


…!?


後方に回り込まれた気配!?

数は3~4

成功率…3%…

…どうする?

野次馬を人質に変更?

否、それではダメだ!

持久戦、勝率0%

なら一体…


(…落ち着け、ルナ)


月影?

(…奴等は撃てない)

何故?

(…そういうルールだからだ。冷静になれ)

月影の、その落ち着いた声で、目だけで周りを見てハッとした。

そうか、野次馬が居ては…けど…

もし、奴等が…逃げ出したら?


(…そうは、ならんさ…)


……解かった、それに賭ける。


「あっ……あの……私……投降……します……から、酷い事、しないで……」


両膝を付き、ゆっくり両手を上げた。

今にも泣き出しそうな上目遣いで。

悪魔が、にやりと口角を上げた。


(いいねぇ、そそられるぜ)


無表情を装ったまま、

悪魔が一歩、また一歩と近づき…

嫌らしい手付きで、私の肩に手を置く。

ゆっくり、指が鎖骨をなぞり、

胸元に近づいてくる。


今だ


指を曲げ、銃を握ろうとした——その瞬間


脳裏に…茶虎の怯えた表情が過ぎった。

ここで悪魔を皆殺しにする事は簡単だが…今度こそ、茶虎に嫌われる…

少なくとも、銃声や悲鳴で怖がらせる事は確かだ…

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