五歩目 小さな牙~後編~



悪魔の手が…コートの中に入って来る…


つ、月影…


心の中で、静かに叫んだ。その時だった。


「まっ……まってくれ……」


震える声が、民衆の中から声が上がった。


「どうか、されましたか?」

(ちっ!いいところだったのに!)


やや苛立った声で返す悪魔に、がっちりとした男が私の前に割って入った。


「この子は…優しい子なんだ、きっと、何かの間違いだ」

「は?」


悪魔が、血まみれの私を見る。

未だピクピクと痙攣する肉塊と見比べ…


「どう考えても、この脳無しが犯人なのでは?」

「…俺も最初はそう思ってた、けど…ねこが…」

「は?ねこ?」

「唄声も、凄く綺麗で!」

「??」


(こいつは何を言っているんだ?)

(さ、さあ…)

(データ解析完了…が、サッパリわからん、犯人はそいつだろ)


悪魔達が顔を見合わせていると別の声が挙がった。


「すみません!…通報したのは…自分です。でも…絶対この子じゃありません!本当です!」


その言葉の主に注目が集まり、鎮まりかえる。


「だが…


パチパチ…


誰かの拍手に悪魔の声が止まる。


「??な、なんだ…おま——


すぐに広がり、声を掻き消す。


パチパチ…パチパチパチパチ…!


『犯人自首キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『全俺が泣いた、お前さん、輝いてるぜ』

『こいつがMVPだ、異論は認めん』


(何だ?どういうことだ?)

(もぉいいんじゃね?こんなガキ一人)

(いやマテ!ここまで来て寸止めか?認めねえぞ!)

(同意見、でっち上げてでも連れてっちまえばこっちのもんだろ)

(だな、相手は脳無し、俺たちゃ国家公務員、どうとでもなる)

(ああ、それに何より…俺達の股間は限界なんだ!!)


悪魔達は頷き合い


「どちらにせよ!この脳無しは重要参考人である。連れて行く!」


冷たい命令に悪魔達が一斉に動く!

その進路にがっちりした男が両腕を伸ばし、叫んだ。


「ふざけるな、横暴だ!」


「あ?おまえ…」


「何よ!まともに調査もしないで!データを読み取れば解る事じゃない!」

『こいつら絶対、取調室でお楽しみしたいだけだろ』

「脳無しだからって、なんでも許されると思ってんのか!?」

民衆の声が、一気に膨れ上がる…が


【黙りなさい!これ以上妨害行為を行うなら、公務執行妨害で逮捕する!繰り返す!】


『おうやってみろ!国家の犬がw』

『公務員ニートが何か言っております』

『逮捕?こわーいw』


【…我々には匿名だろうが逮捕する権限がある事を忘れるなよ】


『…』


その鶴の一声で、一瞬にして静まり返った。

重たい空気が流れる。


…不味い…

この空気では…

逃走成功率…10%未満…


悪魔の達は、がっちりした男をおしのけ、再び迫って来た。


手が…伸びてくる。


成功の確率は…ゼロではない…

だが、抵抗すれば茶虎が…怯えてしまう、また、怖がらせてしまう。


私の狂気で

悲鳴で

銃声で…

また怯えさせる。

一度赦してくれたのに。

また…裏切る事になる。


なら…


私が…犠牲になればいい。


悪魔の手が

身体を這う。

吐き気が

また、込み上げる。


(…茶虎…生きて…)


目を閉じた、が…


「あ?」


悪魔の手が離れた。

瞳を開けると、熱い物が込み上げて来た。


ふー……ふー…


…小さな、

震える息遣いで、茶虎が、悪魔のズボンの裾に、必死に噛みついていた。

凍えそうな、弱々しい牙で


熱い雫が…頬を伝った。


「なんだこいつ?」


悪魔の大きな手が、いともたやすく茶虎を引きはがし、首根っこを掴んだ。


うにゃにゃにゃにゃあああ!!


「誰か、保健所に連れてってヤレ!」


宙にぶら下がった茶虎を軽く振り回す——


「やめて!!」


咄嗟に飛び跳ね

悪魔の手から茶虎を奪い取る!


みゅぅ…


骨の浮き出た体を両腕で強く、強く抱き締めた。

震える熱い吐息が、胸に当たる。

この温もりが消えてしまうなんて、考えただけで…


「お願い…です」


熱い雫が勝手に溢れ、茶虎の毛に落ちる。


「この子に……手を出さないで……!」


指先が、茶虎の背中に埋まる。

離したくない。

この小さな命を、この腕から絶対に離したくない。

悪魔たちがニヤニヤと口角を上げる。


「ほう?」

「でもダメだな。野良猫は即保健所行き、それがルールだ」


嘲笑うかのようなその言葉が

震える体を通して

心臓を抉った。


…もう、何もいらない。

お金も

自由も

未来も

この子が、生きてさえいてくれれば…


私は…


「私は…どうなってもいいから!」


悪魔達の口元が、次々に吊り上がっていく。


「良い心構えだ、たっぷり取り調べてやるからな」

(いよーっし!楽しい夜になりそうだ♪)

「では、22時22分——脳無し女逮捕!」

(今夜は眠れると思うなよw)


吐き気が、

喉までせり上がる。


声が

途切れ途切れに聞こえる。


「やめろよ…」

「こんなの…ひどすぎる…」

『マジでクソだわ、警察』

『ねこまで…可哀想すぎる』

『もう見てらんねぇ…誰でもイイ、誰か、誰か来てくれえええ!!』


悪魔の手が、私の腕目掛け、金属の輪を振り揚げた。


——ごめんね、ヨル…次こそは、ね…


??


ふと…そんな台詞と共に、哀しい瞳の黒いこねこが脳裏を過ぎった。

ヨル?

解らない。

そのはずなのに、どこか懐かしい響き。

切なさで、胸が苦しくなった。


…月影、何だろう、これ…

(…ヨル、か…それは——


だが、声はけたたましい爆音に遮られた。


ブロロロロロ!!!


遠くから、無数の色とりどりのヘッドライト

ネオンの光を切り裂くように

黒い影が

路地に雪崩れ込む。

世紀末の様なバイク軍団。

革ジャン、鎖、モヒカン。

ギャッハー団の旗が

闇の中から不気味に浮かび上がり——


「てめぇらぁぁぁ!絶対許さねええぇ!!」

「血祭じゃぁぁああ!!」

「ギャッハー!!」


色とりどりのモヒカン達が咆哮した。




…警官隊とギャッハー団の仁義なき戦いが、始まろうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る