第一幕 ぼろぼろの歌姫と謎のねこ

一歩目 灯りの消えた街の小さな灯り




煉瓦造りで古びた、だけどどこか味のある店舗が続き

ウッド製の歩道に凝ったアンティークのような街灯。

だけどもうここ数年、電力不足によりそれらに明かりが燈る事はなく

遠くそびえる摩天楼だけが、冷たいネオンを吐き出し、暗いこの場所を照らしている。


そして私の様な「脳無し」は、そこに立ち入る事も赦されない。

だから…ここで唄うしかない。


♪みんなの笑顔が私の幸せ、ねえ、もっと見せて、その眩しさで世界を征服しちゃおうよ♪


凍える指先が震え、吐息が白く凍る。

素足は路上の冷たさに感覚を失いかけている。


「お、誰か歌ってんじゃん! 行ってみようぜ」

「マ!? 声ヤバくない♪」


ちゃらちゃらとしたカップルが、最新型の光るイヤーカフを耳に、光る瞳で近付いて来た。


(は?笑顔で世界征服?その恰好で?w)

(ウケル!絶対脳無しでしょw)

(…通信エラー?マジで脳無しじゃん!ガチ低能テラワロスww)

(あ!だからこの寒いのに素足なん!?)

二人はゆっくりと顔を見合わせ


『ぎゃははははっw』


人を指をさし、腹を抱えた。

唄声が、僅かに震えた。


(ひー!アゴ破壊不可避w…あ?って、ちょま…何だあれ?)

(もぉ~なにwうちお腹痛いんですけどw)

(いや、マジデ!見ろよあの黒いの。何だ?ねこ?)

(え?…ちょっ!何あれヤバッ!キッショ!!)

(マジカヨ!投稿しようぜ、絶対バズルわw)


ニヤついた男の目が光る。

…脳無しは無許可での撮影が許可されているのだ。だが女が黙り込む。


(…)

(どした?ブスッとして)

(…うちさ、こういうの見てると腹立つんよね)

(そうかぁ?おもしれーじゃん)

(わかんない?ぼっさぼさの髪にボロ雑巾みたいなコートに素足。んであのグロイぬいぐるみだよ?)

(ウケルだろ、惨めでw)

(それが気に入らないの!完全お涙頂戴じゃん!悲劇のヒロインアピールじゃん!!)

(あー!そういうこと!?お前すげーなwマジ惚れたw)

(でしょ~!うちってば超イイ女♪)


ゲラゲラと指さし、唄声は掻き消された。


そう、私は他人の心の声が聞こえてしまう。

集中すれば、大抵の嘘は見抜ける。

…だが、この世界ではこんな能力はゴミも同然だ。

AIチップを搭載すれば、瞬時に専門知識を得られ、何でもできるようになる。

他者とも…ああして解かり合える。


私のは、聴きたくもない陰口が聞こえてしまうだけ。

寧ろ…呪いだ。

だけど…

私には月影がいる。その想いを唄に換える事が出来る。

だから、負けずに唄える。


っ—————♪


(うわっ、もしかしてあいつ泣いてね?)

(ま!?涙目なってんじゃ~んwうちらの会話聞こえちゃった~?ごめんね~w)


…—————声が、遠のいていく。


(うおっ!?)

(えっ、何、どした?)

(うっひょ~!見ろよ!超バズってるぜ!!)

(えー!うっそ、トレンド入りしてんじゃ~ん♪)

(イエー!!この金で『美味美味クラブ』にでも行っちゃうか♪)

(わー!やったー♪うちロブスター食べたい♪)

(おー、いいね!じゃ、俺松茸~♪)

(あ!うちも!うちも♪)


見せ付けるかのように肩を寄せ合い、にやにやと口を開いた。


「いやー稼が…楽しませて貰ったわw」

「ありがと♪鬼寒いだろうけどぉ~頑張ってねぇ~♪」


…寄り添い合うシルエットが、摩天楼へと溶けていく。

置いた缶は空のままだった。


♪ みんなで一緒に手を繋ごう、きっと世界を…変えられる…から……


擦れた声は吸い込まれ—————

誰も居ない路地に、ぽたりと雫が落ちた。


みゃ~


ふと足にまとわりつく、柔らかくて心地のいい感触。茶虎のねこがすり寄っていた。

心の棘が少しづつ溶かされるかのように、口元が綻んだ。


「ふふ、今日も聴きに来てくれたの?ありがとね」


茶虎は「みゃ~!」と小さく鳴いてちょこんとお尻を下ろし、しっぽをふわっと巻きつけて座る。

その姿は私の歌を本当に待ちわびているお客さんの様。

ゴロゴロと喉を鳴らす音が、木の路上に響いて、なんだか心がポカポカしてくる。


(…良かったな、最古参のファンじゃないか)


月影が語り掛けて来た。

(うん、この子だけだよ、私の癒しは)

(…そうか)

少し寂しそうなその返事が、悪戯心に火を燈す。

(ふふ、もしかして嫉妬?)

(…まさか。お前の幸せが、俺の何よりの幸せなんだぞ)

…逆にこっちの頬が熱くなった。


茶虎が「にゃう?」と首を傾げ、まるで「どうしたの?」って聞いてるみたいだから

「そ、それじゃ唄うね!聴いてください、『笑顔が見たいの』」

バカな話だけれど、そんな想いを掻き消すように大きく息を吸った。


♪——————————♪


茶虎のふわふわなしっぽが、歌に合わせてリズムを取るようにピョコピョコ揺れる。

その愛らしい応援が、凍えるようなこの世界で、ちっちゃな幸せの灯りを燈してくれる。


でも…


逆にその姿が、心を締め付ける。

茶虎の、そのガリガリでぼさぼさの毛並みはまるで…

もうすぐ終わってしまう生を、今だけ全力で謳歌しているように映ったから…


声を張り上げた。

想いを…叫んだ。

最後の声が路地に吸い込まれ、静寂が訪れた時だった。


パチパチパチ


叩かれた手の音にパッと心が弾んだ—————



…その音の先にあるのは、希望かそれとも…

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