第8話 村人PT

 白い犬の居た部屋から離れて安心した途端、痛みがじわじわと体に広がった。

 傷は皮膚を破って少し肉が裂けた程度。深くはないけど、裂けたところが引き攣って動きにくい。

 ダンジョンじゃなければ大したことないと笑って済ませるが、ここでは危険な傷だ。

 フレアが心配そうに俺の腕を支えてくる。


「早く出よう、あんちゃん……血、まだ滲んでるよ」


 落ち込んだ表情を見せながら、フレアが道を指示してくれる。足手まといになったとでも考えてるんだろう。

 馬鹿だな、こんなに役に立ってるのに。俺一人じゃここから帰れないぞ。


「頼りにしてるぞフレア。俺はもうぜんぜん分かんないし」


「……うん」


 通路を戻る途中で部屋を避けられず、また灰色の狼が三匹現れた。

 しつこく復活しやがる。魔物がこんなに邪魔に感じるなんてな。

 俺は剣を握り直して、フレアから離れた。


「下がってろ。すぐ片付ける」


 傷のせいで太腿が引き攣って動きにくいな。でも、正面からぶつかれば負けない。

 一匹が飛びかかってきた瞬間、俺は横にずれてナイフを振り下ろす。首を刈って一匹。

 残りの二匹が左右から挟み撃ちにしてくるけど、俺は体を低くして突っ込み、一気に二人まとめて斬り払った。


「終わりだ。白い犬さえいなけりゃ同じ動きしかしない雑魚だ」


 息が少し荒い。フレアが駆け寄ってきて、俺の傷を覗き込んだ。


「痛い?血、止まってるけど……」


「大したことないって。えらく優しいじゃないかフレア。いつもこれでいいぞ」


「うん、ごめん」


 なんだかなぁ。


 ダンジョンを出るともう陽が傾き始めていた。入ったのは朝のうちだったのにずいぶん長く入ってたんだな。

 座り込んで傷を軽く確認すると、やっぱり皮が裂けて血が滲んでるだけ。騒ぐほどのことじゃないけど、獣に噛まれた後は激しく膿むんだよな。ダンジョンの魔物でも同じなのかな?

 噛まれた瞬間よりも、後になって鈍い痛みが広がってくる。怪我は嫌なもんだ。


 家に戻ると、フレアは黙って水を汲み、布を浸し、傷口を洗ってくれた。

 それから庭先に生えている草を摘み、煎じたものを塗りつける。

 どこにでも生えてる草だけど、止血と痛み止めには十分。だいたいこれでなんとかなる。


「ごめんね、こんなことしかできなくて」


「十分だ」


 薬草の匂いと夕方の風が混じる微妙な空気。

 俺の怪我なんかよりフレアの方が重症に見える。なんとか元気づけてやりたいがどうしたものか。


「……あたしが、でしゃばったから」


 フレアがぽつりと言った。


「あたしがいなかったら、あんちゃんはもっと動けたでしょ」


「それは違うぞ。俺一人ならあそこまで行けたか分からないし、帰りも迷いまくって出てこれたか分からない」


 本当の事だ。フレアには十分助けられた。それに、一人だったら勝てたとも思えない。

 確かに守る相手がいた。だが、それ以前に――攻めきれなかった。


「あれは俺一人でも無理だ。あの白い犬の統率を乱さないと勝ち目はない。何か考えないとなぁ」


「また戦う気なの?本格的にダンジョンになってるなら、冒険者を呼んだ方がいいよ。元々そのつもりだったでしょ?」


「そうだな。でも宝箱がない。代わりに毛皮が一枚だけだ。上手くやれば毎日何枚かはいけるかもしれないが……」


 畑よりは稼げるかもしれない。だが冒険者を呼べるほどじゃない。


「魔物だらけで、宝箱もないダンジョン……最悪だな」


 ずっとこのままなら潰すことも考えなきゃいけない。潰し方なんて知らないけど、最近潰したところがあると聞いたし、やりようがあるはずだ。


 ……そのダンジョンは、なぜ潰したんだろう?


「どうするつもり?」


「わからん。まずは調べないと駄目だろう。犬を倒した後に宝箱があるかもしれないし、ダンジョンが変化した理由が分かって戻せるかもしれない」


 つまりこういうことだ。


「あのダンジョンを攻略する。一番奥まで行って全部調べてやる」


 こんな楽しいことがやめられるか。他の誰にも渡さない。あのダンジョンは俺のものだ。俺が育てて、俺が攻略する。潰すならそれも俺がやる。


「でも……」


「フレアには白い犬を遠くから牽制してほしい。直接倒せなくてもいい、弓か何かで集中できないようにしてくれ。頼んだぞ!」


「えぇっ!あたしも!?あたしはあんちゃんの心配をしてたんだけど!?」


「フレアなら大丈夫だ。頭がいいし器用だろう?それにダンジョンで戦っていると体が強くなる感覚があるんだ。大丈夫、最初は俺が守る。俺を信じて一緒に来てくれ」


「えぇ……まぁ、うん。そこまで言うならいいけど……」


 弓だな、弓が欲しい。でも狩り専門のおっちゃんは大分前に町に行っちゃったんだよな。村に弓が残ってるだろうか?矢も必要だし、誰か作り方を知ってたらいいんだが。


「でもまたさっきと同じ様になるなんて嫌だよ!弓じゃ自分を守れないし」


「そうだな、円陣対策でもう一人格闘できる奴が欲しい。フレアを挟んで背中を守り合いながら進む。フレアが犬を攻撃して、敵の復活を遅らせるだけでも十分違うはずだ」


 必要なものは二つ。装備と、新しい仲間。


「トラルを誘おう」


          ◇◆◇◆◇


 もう夜だったが、トラルを家に呼んだ。

「大事な話がある」って伝えたら、何も言わずについてきた。


「こんばんはトラル」


「おう。邪魔するぞ。大事な話ってなんだ?」


「あー、まぁ。最初から話した方がいいだろう。長くなるが聞いてくれ。少し前のことになるんだが……」


 俺は全てを話した。ダンジョンエナジーを掘り当てたこと、ダンジョンが出来て育ったこと、果物や砂糖を得てジャムを作ったこと、白い犬と戦い、囲まれて撤退したこと。傷のことも軽く触れたけど、「大したことない」って付け加えた。

 殴られることも覚悟していたが、トラルは驚いた顔一つせず、静かに聞いてくれた。


「……やっぱり、ダンジョンがあったんだな」


「え?やっぱりってどういうことだよ?」


「そりゃ分かるだろ。ダンジョンを掘ろうと提案したのはお前だ。みんなが否定したら、お前次の日には朝から晩まで山に籠もって、いつもギラついた目をしてよ。それが少し前から、朝ニコニコ出かけて行って昼には帰ってきてただろ。村のみんな、何も言わねぇけど分かってるよ」


「そうだったのか……わりぃ、こんな状況になってからだが、力を貸して欲しい」


「いいぜ。待ってたんだ。フレアもよろしくな!」


「やっぱりあたしも含まれてるのね……」


 その夜は、ドライフルーツとジャムを並べた。

 俺達三人、冒険パーティーの結成祝いだ。

 静かな決意がそこにあった。


 仲間は揃った。後は装備を揃えて、それから―― 


 ダンジョンで修行だな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る