第7話 白い子犬

 ダンジョンを進む。

 広くなったとは言え慣れた道だ。それなのに楽しくて仕方がない。

 どんな宝箱が出るんだろう?どんな魔物が出るんだろう?通路はどう変わった?あの岩陰になにか潜んでいるかもしれないな。


「あんちゃん、きょろきょろしすぎじゃない?」


「警戒してるんだよ。それより分かれ道だ、広くなってるけど前と同じくらいの距離だったかな。左から行こうぜ」


「いいけど、どうして?」


「いきなり強いやつのところに行くのも……準備ができてないだろ?」


 嘘だ。全部回りたい。宝箱は全部取るし魔物は全部倒す。それがダンジョンって物だろう?

 微妙な顔を見せるフレアを確認しながら左の通路を進む。ここはそれほど長くはなく、突き当りに魔物と宝箱が配置されていたんだが……。


「また分かれ道だね」


「昨日までこんな通路は無かった。やっぱりかなり変わってるな」


「今度も左に行ってみようよ」


 フレアの声に頷いて、俺たちはさらに奥へ。

 不安になってくるな、ちゃんと戻れるだろうか?後ろを振り返っても、前に進む通路と同じ風景があるだけ。

 嫌な感じだ、魔物と戦ってるだけの方が気楽だな。最初は広く感じた通路が、今じゃ狭く感じて仕方ない。

 それに最初に現れて以来、魔物の姿が無い。宝箱もだ。ダンジョンってこんなに空虚だったか?

 そんなことを思いながら慎重に進んでいると、開けた場所が見えた。


「部屋……だな」


 通路の先が部屋になってる。こんなのは初めてだが、他のダンジョンでは普通だったりするんだろうか?

 中を伺うと狼が3匹。部屋の中心に立ってしっかりこちらを睨みつけている。

 襲って来ないってことは、部屋の中だけで戦うのか?変な感じだ。まるでここに割り当てられたみたいな……。


「戦うの?」


「当然。こっちには来ないみたいだしフレアはここで待機しててくれ。危なそうなら……このナイフ渡しとく」


「あたしも一応ナイフくらい持ってるよ」


 フレア、それナイフちゃう、包丁や。

 まぁ対峙して上手く使えるとは思えないし、あっちに行かないように気をつけて戦おう。


 部屋に入った途端に狼が動き出す。三匹が分かれて俺の隙を伺う動きだ。


「かかってこいワンコロ!」


          ◇◆◇◆◇


 狼達は部屋から出ようとしなかった。つまりは楽勝だ。


 ダンジョンは大きく広がっていた。道は複雑に枝分かれしてる。だけど迷路というわけじゃないようだ。突き当たりは部屋になってたり、別の道に行っても結局部屋で合流したりする。どの部屋にも必ず狼が待ち構えていた。

 しかし倒してもほとんど何も得られない。宝箱が無いんだ。しかもこの部屋、少し離れて戻ってきたら狼が復活してやがる。どうなってんだよ。


「最悪だなこのダンジョン。魔物は多いし宝箱は無いし、おまけに広くて複雑だ。最初からこんなだったら諦めてたわ」


「そうだね。でも思ったより広く無いかもしれない。同じ部屋に何度も入ってるんだよ。何か書くものがあればよかったんだけど」


 俺はもう自分がどっちを向いているのかすら分からないが、なんとフレアの頭の中には地図ができているらしい。やっぱりフレアはすごいぜ。


「どこ見ても同じ部屋と同じ通路なのに、よく分かるな」


「ちゃんと見れば違うよ。特徴的な壁の形とかを覚えるんだよ。それじゃあっちの出口から行こう。たぶん繋がってる所は全部回ったから、終わりは近いと思う」


 フレアが指差す先、終わりが近いと聞くと安心するような怖いような気持ちだ。

 ここまで宝箱は0、途中で一度だけドロップが出た。灰色の狼の毛皮だ。

 毛はフサフサで汚れがなく、裏にもゴミが残ってない綺麗な状態の皮。とはいえゴワゴワだから鞣してやらないといけない。なんとも扱いに困る品である。


 ダンジョンからの収穫がこれだけって最悪だ。俺のダンジョン育成計画はどうなってしまうんだ。

 もし最後までロクな物が出なかったら、しばらく魔物を倒しまくって絞ってやらないといけないな。


 一本道の通路を進むと、やがて大きな部屋が現れた。向こうの先が暗くて見えないほどの馬鹿でかい部屋だ。扉があるわけじゃないが、少しだけ近寄りがたい雰囲気を感じる。俺は壁際に身を寄せて、そっと中を覗いた。


 そこにいたのは、小さな白い犬。狼?

 白い毛皮がふわっと光ってて、頭にだけ黒い毛が混ざって不思議な模様を作ってる。明らかに今までの狼とは違う。あいつはやばい、どうみたってやばい。あ、頭を掻いたぞ!


(かわえぇ……)


「か、かわいい……」


 クソかわいい。だが魔物だろう。魔物の子供?最高にかわいい。いや、気を引き締めないと。


「フレア、甘く見るなよ。アレは魔物だ。俺が倒してくるからお前はこれまで通り隠れておけ」


「あんちゃん、ほんとに戦えるの?」


「任せとけ!」


 覚悟を決めて踏み込んだ。スライムにだって愛着はあったが、毎回容赦なく倒してきたんだ。今回も変わらない、見た目がかわいいくらいで揺らがないぜ。


 部屋に入った瞬間、白い犬が反応した。ゆっくり起き上がって一声高く吠える。


「アン!」


(クソかわえぇ……俺を誘惑する気だな!?)


 違った。犬の声に呼応するように、部屋の床から黒い霧が滲み出て次々と灰色の狼が生まれた。


「んなっ!?」


 十匹以上はいる。俺は剣を構えて、迎え撃つ体勢を取った。これまで何度も倒してきた敵だ。一匹ずつ削れば問題ないはず――


 と思った瞬間、白い犬が再び吠えた。生まれた狼たちが、俺を大きく取り囲む様に広がる。慌てて入口に下がったことで、狼たちは半円を作った。

 後ろは入口で、まだ逃げ道はある。だがこれ以上踏み込んだら完全に囲まれる。

 これまで狼が通路に出たことはないので大丈夫だとは思うが、フレアのいる通路には近づかせたくない。


 背後を守りながら狼たちを殲滅したい。でも、奴らはなかなか近づいてこない。俺から踏み込むと、正面側は引いて反対側の奴が寄ってくる。鬱陶しい戦法だ。


「クソッ!かかってこいワンコロども!」


 動かない。焦らすつもりか?心を落ち着かせようと、溜まった息を吐く。その時、狼達の後ろに隠れた白い犬がニチャリと笑った様に見えた。

 挑発してんのか?クソむかつくぜ!


「舐めやがって!やってやる!」


 構わず突っ込もうとした瞬間、一匹が俺の背後をすり抜けた。部屋の外のフレアを狙ってる!?


「フレア!」


「あんちゃん後ろ!」


 すぐに反転してフレアに飛びかかった狼に手を伸ばし、尻尾を掴んで床に叩きつけた。勢いのままに頭を踏みつけて潰してやるとすぐに煙になって消えていく。


『ガルアアッ!』


「あんちゃん!!」


 だがその隙が見逃される訳がなかった。首だけは守ったが、腕・脚・腹、同時に狼共の牙が突き刺さる。

 白い犬がほくそ笑んでいるのが見なくても分かる。


「ぐっ!」


「いやああああああ!!」


 激しく切り裂かれ、もう二度と使うことはできないだろう。空いた穴から熱い液体がボトボトと垂れ流される。


「いてててて!離せオラァ!!」


 体を振り、拳を叩きつけて狼共を潰す。服がボロボロになっちまったじゃねぇか!しかも涎まみれ!なんてことしやがる!


「……あんちゃん?」


 あんな狼に噛まれたくらいどうってことはない。俺を倒したいなら100年山に籠もってから出直せ。


「アオン!」


 再び白い犬が吠えて、減った狼が補充される。やっかいだな。

 ダメージは小さい。でも、突破口がない。一匹倒しても、また一匹増えやがる。


 俺の方が強いのは間違いない。正面からぶつかれば負けない自信がある。それはあいつも分かってるからこうしているんだろう。


 これは作戦負けだ。俺はフレアを守らなきゃ行けないし、フレアがいなくてもあの白い犬に辿り着く方法が浮かばない。全てを無視して追いかければ分からないが、流石に削り切られてしまうだろう。

 それに自分一人でここまで来れる気がしない。


 腹と脚からは血が垂れている。浅いが、確実に動きが悪くなる。次にフレアが狙われた時、後一歩が届かないかもしれない……。


「……撤退だ。フレア、ゆっくり後ろに下がれ」


 牽制しながら部屋を出た。狼たちは追ってこなかった。ただ静かに、俺たちを見送るように佇んでいた。

 勝ったつもりか。俺を見くびるなよ、必ず戻ってきてお前を泣かせてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る