怒らせちゃったみたいだ ブヒ
「…………」
(多分お父さんは、私の事が嫌いだったんだと思う)
母を失い、酒に溺れながらも彼はとても優しい父ではあった。【冒険者】になればある程度武器の携帯が許されるようになって、父は毎日のように拳銃の手入れをする。そんな背中に視線を向けると咄嗟に彼は背後を向いて拳銃を向ける。
ただの娘だと気付けば、かっ開いた瞼が重くなって、倒れ込む。
恐怖のあまり全身に汗を滲ませて、遠目から見ても肺の伸縮を確認できるほど息を荒げる。それでも語気は常に優しくて「まだ起きてたのか」とか、「お腹が空いたか」とか、娘として、父として言わなければならない言葉を怠らない。
その証拠に、毎日のようにスマートフォンにメッセージを送ってきて、通話を掛けてくる。
目を覚ましたのはその着信音だった。
「…………もしもし?」
『あぁぁぁぁ……。良かった。季節か。どうした。何か、あったか?』
「……え?」
『二日も、連絡が付かなくて……俺……』
「二日……?」
『何があったんだ。どうしたんだ。季節?』
「あ……あぁ……ごめん……。ほんと。ごめん。熱、出しちゃって。今までずっと、寝込んでたんだ。そうだ。ごめん。ほんと」
『ね……熱……そっか……それくらいなら……いや……駄目なんだけど……大丈夫か……』
「うん……平気……。お父さんこそ、平気?」
(あれ……此処……何処だろ……)
知らない天井だ。古い緑色のシェードが付いた照明のヒモの先端に変なヌイグルミがくっついている。経験は全く無いが、何となく懐かしさを感じる部屋に寝そべっている。
『良かった……。何かあったらぐすっ。 言うんだぞ?』
「平気だよ。寒暖差ってやつ? こっちめっちゃ暖かくてさ。ビックリしただけ」
『そうか。あ、あぁまた、連絡するから。何かあったらちゃんと、ちゃんと言うんだぞ?』
「……うん。ありがとう」
(心配してるのは、自分の身でしょうに……)
「此処……ほんと何処だろ……」
付近に学校指定の鞄が置いてある。そして枕元には、ぐちゃぐちゃになった眼鏡が妙に申し訳なさそうに置かれていた。
季節にとって、眼鏡は『普通』を演じる必需品だ。鞄の中には5個もの同じ眼鏡がストックしてある。
「新しい眼鏡」
ちょっと、嬉しくなってしまう。その時だった。襖が開き、現れたのは美夏だった。キョトンと力んだ身体から力が抜けて、ぷるぷると震え始めると瞳を大量の水分が覆った。そうなったかと思えば彼女は季節の胸に飛び込んで瞬く間に胸が濡れてゆく。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! 私馬鹿で!! 本当に!!! 本当に!!!」
「あーあーあーあーあーあー……」
どうやらもう時刻は夜を回っているらしい。窓から見える外の景色は暗く、深夜であることが分かる。これがあの日から二日目の夜なのか三日目の夜なのかも分からないまま首を回した。縋り付く美夏の後方、襖の影に隠れる少女が居た。
「妹さん……?」
「あいつ……あいつ……公園で遊んでた……」
嗚呼、と声が漏れる。『普通』の女子高生を目指して、『普通』の女子高生を演じ続けてきた。そしてそれが身体に馴染んでゆくのを感じ取ったのだ。
「良かったー…………」
そう本気で感じていた事に、自分が普通の人間であると認識することが出来たのだ。
「ごめんなさい……本当に……」
「ねぇ、競輪は?」
「怒って……帰っちゃった……」
「怒っちゃったか……」
「これ、連絡先だって。『絶対連絡寄越すよう伝えて』って……」
「……………」
「あと、こっちが……私の……」
小さなメモ紙だ。折り畳んでポケットに仕舞った後、美夏の両親から激しい謝罪と手土産を貰って漸く家路に就く。
玄関先で焚き火をする老人が3人しゃがみ込んで沈黙したまま火を見つめている。そんな横を素通りして、階段を登る。何故か少し、此処に愛着のようなものが湧いているようだ。鍵を開けた家の中はやや埃っぽいが、間違いなく自分の家で、自分の居場所だ。
「ふぅ……」
連絡は、出来なかった。
GO GATE ののせき @iouahtjn
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