ヤバいの出てきた ブゥ

 もう何も出ないほど吐き戻した美春の肩を仕切りに撫でてやるのは季節。それを急かしながら周囲への警戒を怠らない。


「ごめん。あまり声出さないで」

「分かってる。けど競輪もちょっとは加減というか、その……」

「いやごめん。そこまで耐性無いとは僕も……」


 だが季節は思う。


 この反応が『普通』だ。一般的な人間の感性であり、妹を想い居ても立っても居られずに此処までやって来て、そして結局のところ、モンスターに抗う事も出来ずに引き返すか、此処で命を落とすのだろう。


 真後ろにあるのは、もしかすると、競輪が居なかった場合の自分かもしれない。そう考えてしまってもう振り向く事も出来なくなっている。背中を頻りに擦りながら、もう片方の手で死体を指さし、捌けるように伝えると、競輪はズリズリとその足を握って遠くに放り投げた。


「ほら。もう無いから」


 そう伝えるだけで少しだけ、気持ちが楽になったらしい。震えが軽くなって、嘔吐が止まる。


「……ごめ……ごめんなさい……」

「大丈夫だから。妹さんもきっと大丈夫だから。何処かに上手に隠れてるよ」

 コクッ、コクッ、と震えながら頷いて首の硬直を取る。季節がそれを揉んでやって、漸く立ち上がる事が出来た。


「競輪。出来るだけ戦闘は避けて。ヤバい時は、こう、投げ飛ばす感じで」

「難しいなぁ……」

 そんな競輪の右肩に手を置いて厭らしく揉んでやると、口だけを動かして言葉を伝える。


「だ れ の せ い?」


「…………ハハッ」


 気不味そうに笑ってはいたが、競輪は心底、彼女の存在に感謝していた。自分ひとりでは美夏を嗜める事は難しかったろうし、緊張の糸を解してくれている。何よりもその後の事もまた何かしらのケアをすることが出来るだろう。

「季節も気を付けてよね」

「分かってる」

 そう思って、胸に拳を当ててやった。


「き……肝が……座って……ます……よね……」


「僕は慣れてるから」

「ゴブリン1匹に大騒ぎだね。立てる?」

「ん……気持ち悪い……です……」

「ねぇ競輪。此処で一番気を付けないといけないモンスターってどんなヤツ?」

「もう少し先に居るはずだよ」

「挑む気!?」


「いや……。そもそも、妹ちゃんが居るとしたらこのエリアに居るはずだ」


「?」


「さっき、『ゲームみたいだ』って言ったでしょ? まさにそんな感じ。次のエリアを護る為の【中ボス】が必ず居るんだよ。此処の中ボスに、子供が挑もうとするはずなんて無い」

「居ない可能性は0?」

「少なくとも僕は知らない。ギルド内でもそんな話出た事無いし、僕はAランク同士でミーティングにも参加するし、僕のパーお父さんは、元々、最初のボス到達者の一人だった」


「!!」

「え、それって、あの……?」


「うん。人類最初の、ボス討伐隊の一人。僕のお父さんは、戦いは元々生業じゃなかったし、それで大怪我してね。怖くなってギルドを辞めて、今はゲームセンター向けのヌイグルミの検品と梱包をやってるよ。こっちに工場があるからって、引っ越してきたの」

「金銀財宝は?」

「それがねぇ……。一軒家買ってバカみたいに良い車買って、ギャンブルに注ぎ込んで辞めたの」

「…………へぇ。それって……けいり……」

「待って」


「?」


「来て」


 競輪は手招きして、先に進む。すると洞窟の奥地。そこに大きな広間があって、奥に黒い渦が見える。

「話と違う」


「……居ない?」

「誰かが倒して先に進んだ」

「それなら何処かに死体があるはず。かなりデカい生き物だから」

「…………で…デカいの?」

「2mはある。僕も丸腰じゃ無理」


 ゴンッ


「!!!!!」

「居た! 居た居た居た居た居た居た居た居た居た居た」

「分かってる。分かってるから黙って。こっちにヘイトが向く」


 それは、柱のように天井と床を繋げる鍾乳石の裏。薄い青白い肌をした大男がしゃがみ込んで何かを漁っているように見える。美夏は、最悪の状況を考えた。そして、飛び込んでしまった。


「やめて!!!!」


「美夏さん!!!」

「行かないで!!」


 討伐ランク【F】 【オオゴブリン】

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