ダンジョンの心得だ バウッ

 ふんっと鼻息を鳴らす季節の前、額に手を置く競輪は、小さくため息を漏らした。

「まぁ、此処はそこまで強いモンスターは居ないから。危なくなったら絶対引き返すこと。オーケー?」

「うん。頼むよ。Aランクトラブルメーカーさん」

「任せて。それで、じゃあその前に、【ダンジョン】で最も大事な事は? はい。美夏さん」

「え……あ……えっと……、『ダンジョン内のものは食べてはいけない』」


「そのとおり」


 【ダンジョン】は、星の秩序が違うとされている。果物やキノコ、動物の肉。それらは地球上には無い成分が含まれており、身体が酷い拒絶反応を引き起こし、死に至らしめる事もあるという。


 モンスター討伐の際には必ず、流血させずに討伐するか、目、鼻、口を覆い体内に入らないよう工夫された装備が必要となるのは常識だ。


「でも今はそんなものを用意している時間は無いので、君達はモンスターと戦っている間は兎に角影に隠れてて」

「競輪は平気なの?」

「弱いのならね。もう一つは? はい季節」


「………………」


 季節は、モノリスに向かって手を差し伸べた。ひんやりとしたモノリスが手のひらに反応してほんのりと熱を持ちながら白く発光する。


「これに触れておく」


「そのとおり」


 これは【セーブポイント】と、そう呼ばれている。ダンジョンという存在において最も摩訶不思議な存在と言えば、これ。まるで人間が入り戦う事を前提としているかのような、謎の物体だ。


「これに触れておけば、仮に死ぬ間際でも、これにもう一度触れる事で身体が修復されるよ。今、この状態が、このモノリスに記憶される」

「……ゲーム、みたいだよね」

「ホントに」

 三人がセーブポイントに触れる。白く発光し、記憶が完了したようだ。


「此処は地下3階まである小さなダンジョン。強い魔物も居ないし、入口にセーブポイントがあるから、特に入るのに制限は無いんだ。時々中学生が腹いせにモンスターを殺しに来てる」

「趣味悪いなぁ……」

「そう。だからも良く此処に来て、注意してる。なんか、駄目だよ。そんなこと」


「ん?」


「?」

「?」


「あ、なんでも……」


「よし。行こう。僕の後に付いてきて?」


 モノリスの奥から冷たい風が吹く一本の道があって、三人が縦に並んで先に進むと広い空間がある。鍾乳石の柱の影で休むドングリのような見た目のモンスター。岩陰で談笑しているように見える緑色の肌をした不気味に笑う人型のモンスター。すでにそこには地球上では見ることの出来ない生物が彷徨いている。


「あまり物音は立てないでね。捜索は目視。呼んだりして来るのは妹ちゃんじゃなくてモンスターだから」と、競輪が二人に手のひらを翳し、二人は頷く。


「襲っては、来ないんだね……」

「急激に接近しない限り。その距離感を掴むのが、冒険者になる為に一番最初に必要な勘かな」


 チェシャ猫みたいなスウェット姿のくせして、やけにカッコよく見えるものだった。


「ねぇ。美夏さんは、高校生? なんか戦闘の経験もありそうだったけど。冒険者志望とか?」

「あ……いや……その……。動画で戦闘を見るのが、好きなだけ。配信とかで、ね」

「動画と実際じゃ大分違うけどね」

「高校は、行ってないの。私が行けるような学校、どこも柄が悪くて」

「あ、そういう理屈があるのか……」

「ダンジョンのせいで一気に世界の治安が悪くなりましたよね……」

「暴力をモンスターにぶつける事が出来るようになって、暴力を我慢する必要が無くなったって言う人、かなり増えたもんね」


「そういう人たちからすれば、ダンジョンはストレス発散の娯楽なんだよね」


「……?」


 この、競輪の口吻には深い憎しみが滲んでいた。


「あの、競輪さん。武器も無くて、本当に大丈夫なんですか?」

「ん。ああ大丈夫だよ。無いなら奪えば良いし。それに私はステゴロでも結構強い」

「ほんとにー?」

「ホントホント」

「Aランクの強さって、武闘大会でそこそこレベルだよね? 確か」

「うん。だけど、モンスターとの戦闘において最も重要なことって、強さよりもさ――」


 キィ……


 会話が気配の察知を邪魔したかもしれない。岩陰に座っていたモンスターが立ち上がり、棍棒を地面にぶつけ、戦闘態勢を取って鳴き始めた。


 モンスター 討伐ランク【G】 【ゴブリン】


 それはモンスターとして最も弱いランクとなるランク帯。身体は脆弱で、群れとなってもそれほど大きな脅威とはならない。そのモンスターが目の前に現れても、競輪は視線をいちいち一瞥を置く事もせず、振り払われたモンスターの棍棒を跳んで避け、頭上を通る宙返りの最中に頭部を鷲掴みにして捻った。


 ゴリゴリゴリゴリゴリ……


「――躊躇しない事だから」


 首が絞られると同時に首の骨が砕け、ゴブリンの緑色の顔が少しずつ白みを帯び目玉が転んだ。それは動画などで見ることの出来ないグロさがあった。


「うぶっ…う゛……ぶぅ゛え゛えぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 それだけで立ち上がる事も出来なくなるほどのショックを受けた美夏は岩陰に嘔吐してしまう。


「ちょ!! ちょっと大丈夫!?」

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