仲良くなっちまった ブヒ

 打ち解けるのはとても早かった。季節もそれほど頭脳に長ける訳では無いし、年齢も同じであればどんな話もそれほど脳みそを稼働させなくても弾む会話が出来るものだ。

 腹筋が痛くなるほど笑ってお互いの肩を小突き合いながら、小さな路地にあるソフトクリーム屋を巡ってみたり、このタピオカ隆盛時代に、女子高生みたいにタピオカ屋を巡って時間を過ごし、2、3時間も一緒にカフェに寄り添って海を眺めていればいつの間にかお互いの名に敬称も付けない関係にまで発展する。

 競輪には何かそういう魔力のようなものがあるのかもしれない不思議な少女だった。


 夕方の海辺。競輪は季節を送り届ける為に二人で季節の暮らすアパートに向かっていた。


「ここら辺治安悪いよ?」

「みたいだね。アパートの周りも変な人ばっか」

「アハハッ。地味にしてると何されるか分かんないよ?」

「地味になりたくてこっちに来たんだよ」

「な……。!!!」


 ピタッ、と競輪が手のひらを季節の顔の横に置いて会話を止めた。


「どうしたの?」と小声に尋ねると、目の前に、少女が一人立って海を眺めている。ふわっとしたカール掛かった髪の毛を靡かせる気品のある少女。パッと見そこまで年齢の違いも無さそうだが、彼女は激しく動揺し焦っているようだった。


 競輪の表情が強張って、ムッと口元を下げた。


「競輪?」

「この防波堤の下にね。【ダンジョン】があるんだよ」

「!!」

「あの子、入る気だ」

 少女の手には、鞘に納められた小刀が握られていた。

「競輪…」

「ごめん。こういうの放っておけなくてさ」

「…競輪ってさ。トラブルメーカーでしょ」

「それ起こす人に言う言葉。僕は違う。トラブル、ブレイカーだよ」


 凛と片目を瞑ってみせる彼女は、もうしょうがない人なのだと、肩を竦める。


「ねぇ、君?」

「え!?」

「おっと!」


 突然話し掛けられた事に警戒した少女は咄嗟にナイフを抜き向けようとしたが、競輪は手のひらで彼女の手首を覆い振るう腕を制して無力化する。


「…………」

(凄い……)


 その二人の一連の動きは、二人とも相応の実力を有しているようにすら受け取れる確かな練度があるようだ。


「ちょっと落ち着こうよ。私は競輪れえす。 【久里浜 競輪】 冒険者だよ」


「…………」


 酷い動揺っぷりだ。顔面が照るほど脂が滲み、緊張と恐怖の色に囚われてしまっている。


「名前は?」


 競輪が優しく尋ねる。


「……【山田やまだ 美夏みなつ】」


 未だフルフルと震える少女の肩を撫でてやれば、美夏は少しばかりか落ち着きを取り戻したらしく、俯きながら深呼吸を繰り返している。

「落ち着いてね? 何があったの? 山田さんは、冒険者なの?」

「……いえ。違います」

「ならどうして? 冒険者じゃない人は武器持ったら駄目のはずだよ」

「…………妹が、ダンジョンに」

「妹さんが? なんで……」


「今朝」


 【山田やまだ 巻菜まきな


 まだ8歳の小学生だ。少女は小学校への通学路の途中、ある女性と巡り合った。彼女は冒険者を名乗り、朝の通学路をニコニコとした笑顔で子供たちを見送る習慣がある。


 少女は女性に興味を持った。


「私ね、お姉ちゃんみたいな冒険者になりたいの」


 とそう言ってハイタッチをする。


「うん。きっと成れるよ」と女性もまたニコニコと頷いてみせる。


「私もちゃんと冒険出来るようになる?」

「僕もね? 君くらいの歳だったかな。すごく痛い思いをしたこともあったけど、頑張って、踏ん張って、皆のために戦おうって思って戦ったんだ。だから、君も、諦めなければちゃんと、立派な冒険者になれるよ!」


 女はそう言って、少女と拳を合わせた。


「そんな事を言ったから、妹は舞い上がってしまって……。それで……」

「それでダンジョンに」


「…………………………」


 その競輪の表情から季節はあらゆる事を察した。


「競輪?」

「え!?」


「白い学生服を着た高校生だそうで……。私は会った事無いんですけど……」


「競輪?」

「は!?」


「そんな無責任に子供を気持ちを掻き立てて……。私、許せなくって……」


「競輪?」

「なに!?」


「きっと妹は……ダンジョンに……」


「ねぇ競輪!?」

「…………」


「ずっと帰ってこないから、あの子絶対……。お願いします。今は見逃して? 私が助けないといけないの!! すぐに行かなきゃ……。あの子どうなってるか……」


 季節は、競輪の胸ぐらを掴んで女に背を向けた。そして襟元に顔を埋めるくらい近づけて小声に話す。

「どうすんの。絶対貴方でしょ!」

「…………季節は、先帰ってて」


「あの……」


「ぼ……私も付いて行く」

「競輪……」


「でも……」


「ぼ……私はこれでも【Aランク】だよ。君一人で行かせるなんてそんな事出来ない」


 防波堤に備わる階段を降りると、小さな空間がある。老朽しているとかそんな事もないまだ新しくも見える壁にポッカリと、黒い穴が空いている。それは、壁に穴が空いているというよりも、壁に穴が張り付いているという表現の方が正しい、闇の渦だ。


 季節は二人の背後から、心配そうに見つめていた。

「ほんとに入るの?」

「うん。季節は先に帰ってて? 私は大丈夫だから」

「………………」


「本当に、良いんですか……?」


「任せて。此処は何度も入ったことあるの。丸腰でも余裕だし、妹ちゃんまだ8歳でしょ? そんなに遠くには行けないよ」

「もしかしたらもう……」

「希望は捨てないで。最悪の場合でも、だよ」

「………………はい」


 ズッ…


 二人の身体が、闇に呑まれた。


 そこに広がるのは小さな空間。そこに水晶のように美しいモノリスが建っている。


「ダンジョンは初めて?」

「……はい」


「ダンジョンって普通に入れるんだね」


「季節!?」


「私も行く」

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