第7話


​スタジアムは地獄と化していた。

 燃え盛る炎、噴き出す水柱。逃げ惑う観客たちの悲鳴が響く中、教官たちが一斉に動き出す。

​「新入生ども! ここは俺たちが食い止める! お前らは自分の身を守ることに集中しろ!」

 ホーク先生が背中の翼を広げ、風の精霊シルフへと突撃する。

「……やれやれ、武闘大会が一変したね」

 デイン先輩は無機質な表情のまま、指先から溢れ出す血液を刃に変え、水の精霊ウンディーネを切り裂いた。

​ けれど、四体の精霊を抑えきれるわけではない。

 巨大な岩の塊――土の精霊ノームが、私たちの目の前で拳を振り上げた。

​「くっ、させるか!グラビティ・シフト!」

 レオが全魔力を込めてノームの腕を押し留める。

「ユズハ、今だ!」

「任せて! フレア・アロー!!」

​ ユズハが放った炎が岩の隙間を焼き、脆くなった場所を狙って、私は地面を蹴った。

(……今。ここを断てば、倒せる!)

 剣が、ノームの核を捉える。魔法を使わずとも、研ぎ澄まされた剣撃が岩の巨体を粉砕した。


​ その時だった。

​「――素晴らしい連携だ。だが、この祝祭には『毒』が足りないな」

​ スタジアムの中央に、黒いローブを纏った男がふわりと降り立った。


 仮面の奥から覗く瞳は、この世のすべてを蔑むような色。ヴェノム・アイリスの首領――シスル。

​「貴様が……シスルか!」

 レオが吠えるが、シスルはただ優雅に指を振った。

「呪え(カース)」

​ 彼が放ったどす黒い霧が、近くにいた生徒の腕をかすめる。

 途端に、その腕は見る間に黒く腐敗し、生徒は絶叫と共に崩れ落ちた。

​「な……!? 触れただけで……!」

「絶望しろ。これが『頂』の力だ」

​ シスルがさらなる呪いを放とうとした、その瞬間。

 彼の背後に、もう一人の人影が現れた。

 その男が纏うオーラは、ユズハの炎とは比べ物にならないほど熱く、圧倒的。

​「……シスル。予定の時間は過ぎた。引き上げるぞ」

​ その声を聞いた瞬間、ユズハの体が凍りついたように止まった。

「……え? あの…人…」

​ ユズハの呟きは、轟音にかき消される。

 炎を纏ったその男は、一瞬だけユズハを一瞥した気がしたが、すぐにシスルと共に次元の裂け目へと消えていった。

 四体の精霊たちも、霧のように霧散していく。


​ 嵐が去った後のスタジアム。

 私は狂ったように名前を呼び続けた。

​「メアちゃん! メアちゃん、どこ!?」

​ 瓦礫を掻き分け、階段の下を探す。

 すると、備品庫の隅で、膝を抱えてガタガタと震えているメアちゃんを見つけた。


​「……あ、エレナ、さん……。ごめんなさい、私、怖くて……動けなくて……」


「メアちゃん! よかった……本当によかった……っ!」

​ 私は涙を流しながら、メアちゃんを強く抱きしめた。

 彼女の体は驚くほど冷たかったけれど、生きていてくれたことだけで十分だった。


​ 傍では、ユズハが立ち尽くしたまま、空を見上げていた。

「……あの人。私の記憶にある、あの背中……」

​ 武闘大会は、凄惨な事件として幕を閉じた。

 

けれど、これはまだ序章に過ぎない。

 私たちはこの日、本当の「敵」が誰なのかを、まだ誰も知らずにいたんだ。

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凡才少女の異世界学園物語〜私、能力なしだったはずなのに!?〜 @YUYU228613305

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