第5話

​ ――それから、数週間がすぎた。

​ 学園は今、一年に一度の祭典『武闘大会』の熱気に包まれている。

 この大会は、日頃の成果を全校生徒、そして学園外の招待客の前で披露する最大の行事だ。

​「よし! 準備はいいか、お前ら!」

 グラウンドに響き渡るホーク先生の怒鳴り声。

「今回の武闘大会、一学年の目玉はなんと言ってもレオとエレナの再戦だ!その他にも多くの能力者と戦って強くなるトーナメント制でもある!いいかあ! 他のクラスに負けるんじゃねえぞ!」

「「「おおおー!!」」」

​ クラスメイトたちの歓声を聞きながら、私は中庭の隅で、一人静かに剣の手入れをしていた。

 何の変哲もない鉄の剣。

 魔法が使えない私にとって、これが唯一の、そして最強のパートナーだ。

​「……ふふ、やっぱりここにいた」

 背後から声をかけてきたのは、メアちゃんだった。手には、差し入れの冷たい飲み物を持っている。

​「メアちゃん。応援、見に来てくれる?」

「もちろんです。エレナさんの勇姿、一番近くで見守っていますから。……たとえ、何が起きても」

 

 メアちゃんの言葉に、一瞬だけ違和感を覚えた。

 『何が起きても』?

 けれど、彼女の穏やかな表情を見ていると、考えすぎかなと自分を納得させてしまう。



その夜。

 学園の女子寮は、お祭りを前にした高揚感でどこか浮足立っていた。

​「よいしょっと……! メアちゃん、これで全部かな?」

「はい、ありがとうございます。ユズハさん、エレナさん」

​ 私たちの部屋に、メアちゃんが引っ越してきた。

 もともとは私とユズハの二人部屋だったけれど、編入生で一人部屋だったメアちゃんが寂しがっているのを見て、フィリア先生にお願いして魔法で予備のベッドを入れてもらったのだ。

​「いいってことよ! やっぱり女の子は3人揃った方が楽しいもんね!」

 ユズハは自分のベッドの上で、武闘大会で使う予定の「応援用ポンポン」を振りながら笑った。

​「あはは、ユズハちゃん、それ自分で使うつもりなの?」

「当たり前でしょ! 私の試合がない時は、全力でエレナとメアちゃんを応援するんだから!」

​ 私たちは狭くなった部屋で、一つのテーブルを囲んでお茶を飲んだ。

​「ねえ、メアちゃん。武闘大会、怖くない?」

 私が尋ねると、メアちゃんはカップを握る手に少しだけ力を込めた。

​「……怖いです。私、能力もないし、皆さんの足を引っ張っちゃうんじゃないかって」

「大丈夫だよ! 私たち『無能力者コンビ』で、エリートたちを驚かせちゃお!」

​ 私が笑ってメアちゃんの肩に手を置くと、彼女は一瞬、何かに怯えるように肩を震わせた。けれどすぐに、壊れそうなほど繊細な笑みを浮かべる。

​「……エレナさんは、本当に強いですね。私……エレナさんみたいな人に、もっと早く出会いたかったです」

​「何言ってるの、出会えたんだからいいじゃない! 明日頑張って、終わったら3人で美味しいケーキ食べに行こうよ。私、いいお店知ってるんだ!」

 ユズハの明るい声が、部屋の中に響く。

​「……ケーキ、いいですね。約束、ですよ」

​ メアちゃんはそう言って、私とユズハの顔を、焼き付けるようにじっと見つめた。


 その瞳の奥に、言葉にできないほど深い悲しみが沈んでいることに、この時の私は気づけなかった。

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