第4話


相変わらず私への「無能力者」という陰口が消えたわけじゃない。けれど、私の隣にはいつも、騒がしいほど明るいユズハと、不愛想ながらも周囲を威圧して黙らせてくれるレオがいた。


​「ねえエレナ! 今日の放課後、また中庭で稽古しよ! レオの重力魔法を剣で受け流すやつ、あれまた見たい!」


「……おいユズハ。俺の魔法を見世物にするなと言っただろう」

「いいじゃん減るもんじゃなし! ね、エレナ?」

「あはは、私はいいよ。レオくんが付き合ってくれるなら」

​ そんな、数週間前には想像もできなかった賑やかな日常。

 けれど、その日の朝。教室に入ってきたファリア先生の後ろに、一人の女の子が立っていたことで、その空気は一変した。


​「皆さん、静かに。今日は編入生を紹介します。メア・クローバーさんです」

​ 深々と頭を下げたその少女は、小動物のように震えていた。

 透き通るような肌に、どこか虚ろで、けれど吸い込まれそうな瞳。

​「め、メア……クローバーです。よろしくお願いします……」

​ 消え入りそうな声。何より教室がざわついたのは、先生が続けた言葉だった。

​「彼女も、エレナさんと同じく。……現時点では、能力の兆候が見られない『無能力者』として入学を許可されました」

教室に冷たいさざ波が広がる。

 また無能力者か、という視線。怯えるメア。

 その姿に、入学初日の自分を重ねた私は、気づけば椅子を蹴って立ち上がっていた。

​「メアちゃん! こっち、席空いてるよ!」

​ 驚いたように顔を上げたメアと、視線がぶつかる。

 彼女の瞳の奥に、一瞬だけ、機械的なほど冷たい何かが宿った気がしたけれど。

 次の瞬間、彼女は困ったように、でも嬉しそうに、ふにゃりと微笑んだ。

​「……ありがとうございます、エレナさん」


その時だった。

​「――失礼。少し、このクラスの『異端児』に用があってね」

​ 教室の入り口に、一人の少年が立っていた。

 彼が姿を見せた瞬間、騒がしかった教室内が、まるで時間が止まったかのように静まり返る。

 整った顔立ち。一つに束ねている灰色で紫のグラデーションの髪。そして、身にまとっているのは生徒会の特注制服。


​「せ、生徒会長のデイン・エリスター様……!?」


​ 誰かが息を呑む声が聞こえた。

 学園の頂点。圧倒的な魔力を持ち、全生徒の憧れと畏怖を一身に集める存在。

 デイン会長は、優雅な足取りで真っ直ぐに私の席へと歩いてきた。


​「へぇ……君が、あのレオ・タリクを負かしたっていう『剣士サマ』か」


​ デイン会長は私の目の前で立ち止まり、楽しそうに目を細めて私を覗き込んだ。


 重力魔法のレオとは違う、もっと根源的な「強者の圧」が全身に押し寄せる。


​「……エレナ・ウェルムです。レオくんとのことは、運が良かっただけで」


「謙遜しなくていいよ。……ただ、面白いね。魔力が一欠片も感じられない。君みたいな子が、この学園でどう足掻くのか。僕はとても興味があるんだ」

​ 彼はそう言って、私の隣に座ったばかりのメアちゃんにもチラリと視線を向けた。


​「そっちの新しい子も……ふむ、なるほど。今年は『空っぽ』な子が多い年らしい。期待しているよ、エレナさん。せいぜい僕を退屈させないでくれ」


​ デイン会長はそれだけ言うと、嵐のように去っていった。


 残されたのは、冷や汗をかくクラスメイトたちと、呆然とする私。そして、私の袖をぎゅっと掴んで震えているメアちゃん。

​「……エレナさん、あの人、こわいです……」

「大丈夫だよ、メアちゃん。……多分、悪い人じゃないと思うけど」

​ そう答えたものの、私の心臓はまだバクバクと鳴り止まなかった。

​ デイン会長が教室から出ていくと、止まっていた時間が動き出したかのように、一気に騒がしさが戻ってきた。

​「……な、なんなのよ今の威圧感。空気が薄くなったかと思ったわ」

 ユズハがふぅ、と大きなため息をついて、机に突っ伏した。隣のレオは、デインが去っていった扉を険しい表情で見つめたまま動かない。

​「……レオくん?」

「……チッ。あの人はいつもそうだ。嵐みたいに来て、人のペースを乱して去っていく」

 レオは毒づいたけれど、その拳は少し震えていた。学園トップ2の実力を持つデイン会長。レオにとっても、彼は超えなければならない巨大な壁なのだ。

​「エレナさん……あの、さっきは、ありがとうございました」

 隣でメアちゃんが、消え入りそうな声で呟いた。まだ私の袖を握る手は、微かに震えている。

​「ううん、私は何もしてないよ。……メアちゃん、大丈夫? 怖かったよね」

「はい……。でも、エレナさんが隣にいてくれたから」

 メアちゃんは少しだけ口角を上げて、はにかんだ。その笑顔は、どこまでも純粋で、守ってあげたくなるような儚さがあった。

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