第2話

​先生の合図で始まった、しかし

「……う、動けない!?」

 レオが指を鳴らした瞬間、私の肩に巨大な岩が乗ったような衝撃が走った。

 これが重力操作。物理的な重みを増やす魔法。レオ・タリクの能力。

 膝が笑う。木刀を持つ手が震え、先端が地面にめり込んでいく。


​「どうした、もうおしまいか? 剣を振ることすらできないようじゃ、話にならないな」


 レオの嘲笑。悔しさがこみ上げる。

 でも、頭のどこかは冷静だった。

​(重い……。でも、これだけ『下に』引っ張られる力が強いなら……!)

​ 私はあえて抵抗するのをやめ、地面に深く刺さった木刀を支点にして、全身の力を抜いた。

 重力に引かれるまま、体を地面すれすれまで沈め、そこから一気に横へと体をねじる。


​「――なっ!?」

​ 下への重力は、私の回転をさらに鋭く、速く加速させた。

 地面を削るような超低空の回転。

 驚愕に目を見開くレオの足元を、私の木刀が正確に捉えた。

​「――っ、しまっ……!」

 バランスを崩したレオの体が、スローモーションのように円の外へと倒れ込んだ。

​「……そこまでえええ!! 勝者、エレナ・ウェルム!」

 ホーク先生の爆音のような声が、グラウンドに響き渡った。





その後、放課後の騒がしさが嘘のように、女子寮の廊下は静かだった。

 案内された部屋の扉を開けると、そこは魔法で温度調節された、驚くほど豪華な二人部屋だった。

​「エレナ! こっちこっち、私が先に着いちゃった!」

​ 奥のベッドで荷解きをしていたユズハが、私の姿を見るなり弾かれたように飛び出してきた。

​「ユズハちゃん! あ、私たち同じ部屋だったんだ」

「そうなの! 最高でしょ? それよりエレナ、さっきの! マジですごかったよ!」

​ ユズハは私の両手を掴んで、ぶんぶんと上下に振った。

​「あのレオを、魔法なしで転ばせるなんて! 教室のみんな、あいた口が塞がらないって顔してたよ。スカッとしたあ!」


「あはは……。でも、最後の方は必死すぎて、あんまり覚えてないんだ」


​ 私は苦笑いしながら、自分のベッドに腰を下ろした。

 全身の筋肉が悲鳴を上げている。魔法に対抗するっていうのは、これほどまでに疲れるものなんだ。

​「……ねえ、レオくんってそんなにすごいの? なんだか、すごく怒ってるみたいだったけど」

​ 私が尋ねると、ユズハは少し真剣な顔をして、私の隣に座り直した。


​「すごいどころじゃないよ。あいつ、レオ・タリクは『重力魔法』の正統な継承者。名門タリク家の次期当主候補なんだ。……実はさ、私とあいつ、実家が近くて幼馴染なんだよね」

「えっ、そうなの!?」

「うん。小さい頃から一緒に魔法の練習をしてたけど、私、あいつに一度も勝てたことないんだ。あいつは努力の天才でもあるから……。だから、あんなにプライドをボロボロにされたレオを見るのは初めて」

​ ユズハは窓の外、男子寮の方を眺めながら続けた。

​「レオは多分、ショックだったんだと思う。自分の絶対的な才能が、魔法を持たないエレナの『知恵』と『剣』に負けたことが。……でも、あいつ悪いやつじゃないんだよ。ただ、ちょっとプライドが高すぎて、余裕がないっていうか」

​「……そうなんだ」


​ 私は自分の手を見つめた。

 マメだらけで、魔法の光なんて一度も宿したことがない手。

 でも、その手で振った剣が、天才と呼ばれる男の子を動かした。


​「私……嫌われちゃったかな」

「まさか! むしろ逆じゃない? あいつ、強いやつは認めるタイプだもん。明日からは、煽ってくる代わりに、じーっと観察してくるかもよ?」

​ ユズハは悪戯っぽく笑うと、「それよりお腹空いた! 食堂行こうよ!」と私の腕を引いた。

​ 窓の外では、学園のシンボルである大きな星が輝き始めていた。

 これから始まる毎日は、きっと楽なことばかりじゃない。

 でも、隣で笑ってくれる親友がいれば、私はどこまでだって歩いていける気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る