第4話 攻めの和平案

 桐谷たちはダンジョン内のストリート、学校、病院、商店街、地下栽培所や地下農家などを見て回った。これでもダンジョンの十分の一も見てないというのだから相当広いのだろう。


 桐谷の横を笑いながら走り去っていく人間の子どもとゴブリンの子どもを見ながら彼は微笑む。

「魔物と人類、皆さん、仲がいいのですね。魔物が恐ろしくないのでしょうか?」

「さすがに五百年もたてばな。あたしらのご先祖様は魔物を怖がり、嫌う連中もいたと聞くけど生まれたころから横に魔物がいれば普通よ。あたしにとっては生活の一部だね」

 桐谷は遠くで多くの荷物を抱えながら歩いていくオーガを見る。オーガの行動は大人しく仕事をしているだけであったが、その目は血走っており口の端からはよだれが垂れていた。


「知能が低い獣のような魔物も散見しますが大丈夫なのですか?」

「おいおい、人間を高尚な位置に持っていくなよ。知能が低い人間なんていくらでもいるぞ? そりゃヤバい奴も魔物にはいるけど、全部じゃない。人間だってそうだろ」

 桐谷は神宮寺の言う通りだと思い、自分の意見を恥じた。ふと気になったことがあり、話題を変える。


「そういえば神宮寺さんはどのようなお仕事をされてるのですか?」

 神宮寺はその言葉に自慢げに答える。

「あたし? ふふ、あたしはな、こう見えて第六地上戦闘部隊の隊長だ。人間で隊長はあたしだけなんだぜ?」

「キャハハ! 神宮寺の二つ名は『人類最強』だからね。人間にしてはかなり強いよ。ボク様は四天王兼第三地上戦闘部隊の隊長ね。ま、地上戦闘部隊って言っても戦闘メインでなくて調査や資材調達だけど。パパと出会ったのも第三と第六部隊の合同調査中だったんだよ」

「……あれで隊長以外のお互いの部隊員は全滅したからな。再編成までしばらく休業だな。後で家族のところに報告に行かねぇと。地上戦闘部隊は、このダンジョンで一番死亡率が高い仕事とはいえ、アレは心苦しいよ」

「いっそ、ボク様たちを責めてくれた方がいいのに残された家族は気丈に振る舞いがちだからねぇ。逆につらいよ」


 表情を沈める二人を見て桐谷も悲しくなり、顔を沈める。

「まぁパパには関係ないけどね。パパの住居を案内するよ」

 桐谷はワーズワースに申し訳なさそうに言う。

「そのパパというの辞めてもらいませんか? 私がついた嘘が起因してるので言いづらいのですが……」

 ワーズワースはその言葉にまた暗い表情を浮かべる。

「ボク様にはパパと呼べる人はいないから……」

 その言葉を聞き桐谷は「しまった!」と思い、慌てて「好きなだけ呼んでください!」と言いなおす。


「おーい、ワーズワース!」

 遠くを荷車を引きながら通り過ぎようとした村黄色の肌をした中年の男性魔族にワーズワースが目を輝かす。

「あ! 父さん!」

「今夜は晩御飯を食べるかってママが聞いてるぞー!」

「食べるー!」

 紫色の肌をした魔物は道化師の格好をしていなかった。これは種族的特徴ではなく、ワーズワースの個人的な服装らしい。


 ワーズワースに「こ、こいつ……!」という目を桐谷は向けるが、彼女は舌を出し「『パパ』と呼べる人なんて最初からいないよ? ずっと『父さん』だからね」と悪びれなく答えた。紫色の肌をした男性の横にいた妻らしき女性がぺこりと頭を下げたので、桐谷も頭を下げ返した。

「……ワーズワースさんのお母さん、人間ですよね、あれ」

 中年男性の方は明らかに魔物だったが、その妻は人間に見えた。

「うん、ボク様は人間とのハーフなんだよ。多いよ。人間と魔物のハーフ。魔物が非常に多種多様なように魔物から見れば人間も『そういう外見の魔物』みたいなもんだからね」


 道化師のメイクで気づきにくいがわずかに見えているワーズワースの地肌はあの男性ほど濃い紫ではなく、かなり薄い紫に見える。

「あたしは純血の人間だけどよ。もう色々な血が交わるのは仕方がないんじゃねぇかな? 別にあたしも旦那に魔物を選ぶかもしれねぇし、仮に人間だと思った親父が魔物だとカミングアウトされても別に嫌悪感はねぇな。日本人の血が途絶えるのに思うところはなくはねぇが、そうして血が交わった種族を新しい日本人と呼ぶんじゃねぇかな?」

 神宮寺がそう告げ、確かに魔物と仲良く遊んでいる人間の子たちを見ると、今のこのダンジョンはむしろ桐谷がいた世界より人種差別を乗り越えているのかもしれない。


(もはや垣根がない、か)

 シュラクが追い続けた理想の世界を見て桐谷の脳裏にぼんやりとしたあるアイディアが浮かんでくる。

 しかし、それはまだ小さなアイディアで具体的に言語化するには遠い物であった。


      ◇◆◇


 桐谷が自分の思い付きを煮詰めて、魔王シュラクに報告するまで二週間の月日を要した。あの日はすぐに自分に会ってくれた魔王シュラクが思いのほか多忙だったこともある。それまでの期間、桐谷はダンジョン内で仕事をしながらのんびりと過ごしていた。桐谷がついた仕事は機能停止したロボットの解析、分解して付属されている武器や装甲の加工業務だった。元のIT的な知識を微妙に生かしきれない職種であり、働いている魔族や人間は桐谷を見て皆不審な顔を浮かべたものの、一週間もすれば桐谷の善性に気づき受け入れた。


「本日、皆様に集まってもらったのはほかでもありません。ご提案があります」と言った桐谷を見たシュラクは無言でうなずく。ミーティングルームには四天王だけでなく、人間側の首脳陣も集めてきた。神宮寺マリヤもいる。思わぬ大ごとになったことに桐谷は緊張するが、自分の発案を告げる。

「私の案はゾンビ以外の全勢力との和平を目指そうと思います。そして三勢力でゾンビ対策を取り、掃討作戦を行う」


 要約すると桐谷の提案はそういうものであったが、それを聞いた集まったメンバーの表情は難しいもので芳しくない。まず暗い顔をしたカシスが首を横に振る。

「……無理じゃ。AIもエイリアンも人間を見れば無条件で襲ってくる。もちろんゾンビもじゃよ」

「全く違う生物である魔物と人間は互いに理解をし合っています。なぜAIやエイリアンと和平ができないと?」

「だからAIともエイリアンとも対話できないんじゃ」

「私はAIと対話しました」

 桐谷のその言葉にカシスは驚き、シュラクに目を向ける、シュラクは「真実だ。彼はKM五二二と会話した唯一の人間だ。余が心を読んだので間違いない」と厳かに言った。


「KM五二二と!?」

「嘘だ!? あり得ん!」

 ミーティングルームがざわめく。桐谷は話をつづけた。

「どう考えても足りないのは対話です。AIやエイリアンが攻めてくる理由も知らないのに対話は不能と拒絶の姿勢を見せているからでは? 目下なぜか唯一会話可能な私がAIとの和平を目指します。そのためにはいくつか乗り越えねばならない難題があります」


 しかしカシスがその言葉を否定する。

「桐谷殿。まだわしらは和平を賛成しとらん。貴様の理想論で動くと、達成までに多くの犠牲が出るぞ? 魔王人間連合軍が取っているのは『守勢』。守りに徹して数百年スパンで勢力を広げることじゃ。じゃが、桐谷殿の意見は『和平』にみせかけた『攻勢』。それの実現には多くの犠牲が伴い、更には実現はできるかもわからん」

 肩に乗った操り人形が高い声で笑う。

「ケケケ! キリヤバカ、キリヤバカ!」

「こ、これ!」


 桐谷はカシスの人形芸に笑みを浮かべる。

「ククク、それしかパターンがないのですかぁ?」

 桐谷にはカシスの腹話術(?)は「やや受け」で発言は「それしかパターンがないんかい!」というようなツッコミに近かったが、桐谷の見た目と声色でやると「不愉快に思いキレている」としか見えない。


「いや、桐谷さん、マジですいませんした」

 流ちょうな言葉で操り人形が謝罪する。

「血塗られた道だからこそ、皆さんの意思を聞き、決を採っているのです。私一人では実現は不可能と言ってよい。私はこのダンジョンを見て本当に感動しました。他種族と分かり合えることは素晴らしいことです。だからAIともわかりあいませんか?」

 桐谷がそう言うが、四天王も人間たちも皆困惑し、互いの顔を見ている。そんな中、一人、堂々と手を上げた。


「余は全面的に賛成だ」

 魔王シュラクであった。シュラクは桐谷の意見にただ一人賛成の意をします。他者の驚愕や「シュラクならそういうか」という納得の顔を無視し、シュラクは続ける。

「まず桐谷の言おうとしたことだが、実は余が言おうとしたことだ。余も『AI側に人類の意思が介入している』と聞き、まず和平の余地があると思った。何、この世界の人間とも和平したのだ。AIの裏にいる人間とも出来ぬ道理がない」


 人間側の代表にも「AIの裏には黒幕の人間がいる」と聞いてはいるため、その事実には驚きの声は出なかったが「その黒幕との和解」はさすがに想像を超えていたので皆驚く。

「何より桐谷の意見は『この争いを終わらせようとする意見』だ。これまで出た策は全て消極策。『争いを生き延びる策』ばかりで『終わらせる策』は全くでなかった。余はこの争いを終わらせたい。桐谷の言う通り、多大な犠牲を払う策だが、今こそ終わりに向かわせようではないか」


 そう言うと魔王シュラクは立ち上がる。そして深々と頭を下げる。

「だからそれは辛く苦しい道であろうが、どうか皆々桐谷の策を支援してほしい」

 さきほどまで反対に回っていたカシスが最初に口火を切る。

「我が王よ。貴方はわしらを洗脳のような行為で無理やり従わせることもできるのに、いつも自由意思を尊重してくれた。わしは先代の魔王から仕えているが先代は基本自由意志を尊重してくれたが、ところどころわしを操って意思をはく奪した。あなたにはわしに自由意志をくれただけで恩義があるのじゃ。わしは魔王が『死ね』と命じれば自分の意思で死ぬ覚悟もある。ただただタクトを振ってくれ。わしの意見や意志など無関係。命令に全力を尽くす」

 ワーズワースも続けて発言した。


「キャハハ! 和解なんてできると思わなかったけど……なんだろうパパの意見を聞くと不思議とできる気がするんだよね。なんかワクワクするよ。みんなどう? やってみない?」

 カシスはワーズワースの方を目見開いてみる。

「パパ? お前のお父上はご存命……まさか、お前、パパ活を……!? よくない、ワーズワース!」

 説教するカシスに対して(パパ活という言葉は残ってるんだ)と思いつつ桐谷は「違います」と否定する。ワーズワースの実年齢は桐谷より上かもしれないが、見た目が十五歳程度の少女にそんなことをしない良識は桐谷にある。


「カシスとワーズワースが賛同してるのに、私が反対できるわけがない」

 キャシディも嘆息しながら賛同する。

 神宮寺マリヤも唇の端を上げた。

「和平なんてあたしは嫌いだが、シュラクのおっさんの『戦いを終わらせる』は興味深い。確かに、いい加減千年続く確執を終わらせようぜ」

 人間の代表たちは皆顔を合わせ、何かを言いたげにしていたがやがて「我々は持ち帰って検討させてくれ」と消極的な発言をした。

 桐谷は賛成多数と見なし、シュラクを見て話を続ける。


「まず何よりも……AIが攻めてくる理由の調査をしたい。何かそういうことを調べることは可能ですか?」

 そう言われたシュラクの表情は非常に厳しい物であった。桐谷は今にも「そんなものはない」と否定されることを覚悟する。

「……可能だ」

 しかし意外にもシュラクから出たのは肯定だった。シュラクは難しい顔のまま話を続ける。


「コッカイ図書館と呼ばれる場所がかなり良い状態で現存している。AIの攻撃対象外になっている区域はいくつかあるが、そのうちの一つだったからな。全然攻撃を受けていない。書籍も豊富だしデータも生きている」

「国会図書館!? なんと心強い! まだあるのですね!? そこで過去のデータベースを調べればある程度の情報はわかるかもしれない!」

 桐谷は日本最大の図書館が現存することに目を輝かせるがシュラクは首をふった。

「だが、難題だ。エイリアンがコッカイ図書館は厳重に警備している。状態を保っているのもエイリアン共だ」


 神宮寺が話をつづけた。

「国会図書館を制圧するなら相当な覚悟が必要だぜ? エイリアン共の最悪な特徴は援軍到着の速さだ。コッカイ図書館周辺は五百程度で保護してるが、高速飛行するUFOの援軍が来れば理論上はこれがエイリアン全軍まで膨れる。エイリアンの戦力は甚大だ。こちらも魔王・人間連合軍の全力でぶつからなきゃコッカイ図書館は厳しいだろう。エイリアンとの戦いに全力を尽くしてるうちに、AIに負けましたはシャレにならねぇだろ」

 桐谷もそれを聞き、シュラクが表情を沈めた理由を理解した。そしてまた別のことに思考が行く。


(やはりエイリアンは文化の保護に動いているようにしか思えない)

 そこには明確な意思が介在しているのにシュラクには読めない矛盾。やはり何かに気づきそうだが、ギリギリのところで手が届かない。

(いや、今はAIだ)

 それからしばらく議論は続くが先に進むことはなかった。

「これよりできるだけ、この会議は設ける。明日も開くので各々持ち帰ってアイディアを検討してくれ」


 魔王の一言でその場は解散となった。現状では画期的なアイディアは出そうにないと皆、胸に秘めながら。

 しかし「おそらく会議は無意味」とは違う別の大問題で潰されることになる。

 翌日早朝、AI率いるKMシリーズがダンジョンを攻めてきたのだ。

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