第4話

 アパートに帰れば、部屋の前に荷物が届いていた。送り主は速水克也。

 持ち帰れば、小さな箱を開ける。まず目に入ったのは一枚の一筆箋だ。

 

『律佳へ

 じいちゃんが旅行に使っていた手帳が見つかったので送ります。ギリシャ旅行、楽しんできなさい 父より』

 

 達筆な父の直筆で書かれていた。


「それだけ?」


 思わず笑って声に出してしまう。

 しかし、父親らしい端的な文だ。

 箱から古びた手帳を取り出した。紐付きの革製の手帳。紙は黄ばんでいて、端は欠けている。

 紐を解いて中を開いた。そこには祖父の直筆で旅行の日記が書かれているようだ。

 京都、大阪、鳥取……祖父は旅行好きだったのだろう。全国各地を巡っていたらしい。

 微笑ましくなりながら、目を通していた。

 しかし、途中でページを捲る手が止まる。


「……これって」


 手帳をテーブルに置き、食い入るようにその一文を凝視した。

 『一九七六年 五月 ギリシャ、アテネ』

 祖父はギリシャに行っていたのだ。

 あまりの衝撃の事実に、律佳は呆然とする。

 テーブルに置いた手帳を持ち上げた。すると、手帳から一枚の写真が床へひらりと落ちる。それを拾い上げた。


「これは、じいちゃんか?」


 色褪せた古い写真だ。サングラスをかけた男前な青年がテーブルに肘を掛けて座っている。

 おそらくは若かりし頃の祖父だろう。写真に写る気取った様子が、律佳が知る祖父とはかけ離れていた。

 それから、テーブルに乗る一匹の猫が映り込んでいる。祖父と同じようにカメラ目線だ。凛々しくも太々しい、右足だけが白い黒猫。

 裏を返せば、そこにも直筆で文字が書かれている。

 『一九七六年ギリシャ クロスケ』と記されていた。

 クロスケとはおそらく、一緒に写っている猫の名前か。祖父が付けたものだろうが、時代を感じるネーミングセンスだ。

 それにしても、なぜ猫と写真を撮っているのか。猫の愛好家だった覚えはない。

 首を傾げながら、テーブルの端に置いた。

 

 それから律佳は、時間も忘れて祖父の手帳を読み耽った。

 どんな冒険譚の小説よりも、面白い読み物だ。当時の祖父の感じたことが素直に書かれていて、読んでいて飽きない。

 ページを捲るたび、当時の歴史や背景を知れるような気がする。なにより祖父のことも知れるような気がしていた。

 読み進めていると、ギリシャ旅行の日記が一頁だけ一言で終わっているのだ。

 『約束の地 ここで』

 それ以降のページは別の旅行先の日記になっていた。


「約束の地?」


 どういう意味なのだろう。ギリシャの旅を終えたことを表しているのだろうか。

 疑問に思いながらも、黒猫との写真を手帳に挟み、紐で縛ると引き出しの中へ保管することにした。


(ギリシャに持っていこう)


 そう心に決めて、深い眠りにつく。

 祖父の思い出と共に旅をするのが待ち切れない。

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