3分経過、それから
一瞬、意味が理解できなかった。
「それ、って……」
俺は反射的に手元の子機を見る。ザー、という微かなノイズを垂れ流すそれは、つい今し方【祝福】スキルで強化してしまった。それもLv.10と言えばかなりのHP•MPだ。恐らく常人が触ったら驚くだろうし、そうなったら俺だって「めちゃくちゃ動きの鈍い子なんですよ」以外にフォローのしようがない。しばし迷う。画面の中の画質の悪い女は、少し首を傾げてじっとこちらを見ていた。
『貴方が今、私と話すために使っているそれです。もうかなり“育って”ますよね?』
……は?
俺は彼女の言葉に反射的に警戒する。画面の中で彼女は何故か、確信めいた顔をしていた。ぴり、と張り詰めた空気に俺の僅かな魔力が溶けていく。敵か? いつかの異世界で持っていたような警戒心を掘り起こした。玄関のドアまでは7歩、間に1枚引き戸のドアがあるだけだ。攻撃はいつきてもおかしくないだろう。そんな考えを知ってか知らずか。
『取り敢えず一回持ってきてください。そしたらわかるはずですので』
女のその一言を最後に、通話は切れた。
冗談か?それとも——
……カチャン……ガチャ
ドアを開き始めた先から夜の闇が忍び寄ってくる。俺はドアにはチェーンしかかけていない。鍵を捻って閉めることができないという若干の不用心を知られることに嫌になりつつ、ドアを開け放つ。外では濃紺が人工物だらけの世界と溶け合って、一つになっていた。少し離れたところに立っていた女がこちらを振り向く。遅れて髪と白いワンピースが風に揺れた。顔にかかるその髪をはらわず、彼女は
「こんばんは。……思ったより酷い状態になってますね」
美女に軽く会釈され、俺の警戒心の半分が消し飛ぶ。今俺の目の前で少し怪しく微笑む彼女は、モニター越しで見たものの10倍は綺麗だった。
すっとこちらに歩いてくる彼女。ちょ、待って。距離近い。非モテ大学生にこの距離感は辛いものがある。こちとら4年生だってのに結局合コンの1回も誘われなかった人間なんだぞ。ゴミが。パニくる俺に彼女は左手を伸ばし——。
「ここまで“育った”もの、私、初めて見たかもしれません」
そう呟きながら彼女は俺の手の中にある子機を撫でる。
「あの、育つって、それなんなんですk……」
問いかけようとした俺の目の前で。
奇跡は、起きた。
フォーン、と重く鈍く響くのは、音のような振動のような何かだった。
じわりと、俺が漏らしていた魔力に別の魔力が混じってくる。俺の持つそれよりも重くそれでいて優しく穏やかに染み込んでくるそれは、彼女が発していたものだった。
【呪縛】
文字が、浮き上がる。黒い丸文字は夜闇の中でも何故かはっきりと俺には見えた。
「え……」
思わず声を漏らす俺の目の前で、満足そうに頷いた彼女。
「やっぱり。随分と強化されていましたね?強化のことを“育っている”と私は認識したのでしょう」
「育って、いる……?」
「はい。……私、ボタンなんかを弱めちゃうんです。Lvがマイナスになってだんだん押し心地が軽くなって、最後には経年劣化みたいに壊れちゃう。なのに、貴方がこないだ来た後、自分の家のインターホンがLv.1に戻ってたから」
あっさり彼女は言う。
その言葉を一瞬では俺は受け止めきれず、頭の奥が軋んだような気がした。
白いワンピースがふわりと風をはらみ続けていて。彼女と俺の頭の上で、一番星が輝きまたたいていた。若干暖かくなったとはいえ春はまだ遠い。そのはずなのに、俺のテンションはゆっくりと上がっていた。
透き通った闇を背景に美しく微笑む彼女に、俺は恋をした。
「あの、それって俺のスキルともしかして真逆だったり……?」
「きっと、でしょうね」
彼女は俺の目の前で小さく笑う。と、インターホンの子機をちょんと弾いた。
「これで、暫くは大丈夫なはずです。きっと、何回か押してもLv.1にはまだ戻りません」
穏やかに響く彼女の声はすっと俺の中に入ってきた。不思議だった。こんな感じを味わうのは生まれて初めてだった。俺は意を決して、腹に力を入れる。
「あの!」
自分の家に戻ろうとしていた彼女が、俺の方を振り返る。甘い甘い梅の香りが、喉の奥に満ちていく。
「……連絡先、交換しませんか?また何かあったら、俺らはきっと助け合えます」
自分でも驚くような言葉だった。
心臓が、五月蝿い。
魔王はもういない。
この世界は平和だ。
だけど、神は存在した。俺の目の前にそれは現れた。
そして。
俺と彼女に取っては渡りづらいようなボタンだらけのこの世界で、
総てを強化してしまう俺と、弱化させてしまう彼女が隣り合って暮らす生活は。
きっと、悪くないものだろう。
——多分これは、少し不便で、そしてそれ以上に面白い生活の始まりなのだ。
(続く?)
【スキル:祝福】の不条理 月野 麗 @tsukino-urara
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