第三話 続・新婚 初めまして
「大学に入ってから病状が悪化して休学して、体調が戻っても復学はしなかった。代わりに、VTuberになったの」
時間は現在に戻り、日々草が俺に説明している。
「その後のことは、もう知ってるでしょ。部屋の様子を見れば……あなた、私のファンだよね」
さっき玄関に入ったときは衝撃が強すぎて気づかなかったけど、その声は、日々草とまったく同じだった。
俺があまりにも意図的に、日々草のことを忘れようとしていたせいで、
冥婚した相手も最近亡くなった人で、命日まで日々草と同じだなんて、まったく結びつかなかった。
どうしてこの可能性に気づかなかったんだろう。
……いや、そんな偶然を考えるほうが、よほど妄想過多だろ。小説でも書けって話だ。
「でも……どうして配信モデルの姿なんだ?」
配信モデルとはいっても、見た目は普通の人間に近い。少なくとも最初は、コスプレだと思ったくらいだ。
「これは私の推測だけど」
そう前置きして、彼女は言った。
「私は人の顔をほとんど覚えられないの。自分の顔ですら、鏡や写真を見ないと、どんな顔だったか思い出せない」
「だから」
彼女は続ける。
「この三年間、毎日の活動の中で、私は“自分はこういう姿なんだ”って思うようになった。……それで、魂もこの形になったんだと思う」
理路整然としていて、感情の起伏もない。
やっぱり、これは日々草本人だ。
「なるほどな……そんな都合のいい話もあるんだ」
今さら、受け入れるしかなかった。
「あなたは? もともと、霊が見える体質だったの?」と、彼女が聞く。
「いや……前は一度も見えたことなかった」
「え? 急に見えるようになったの?」
「そうだな。結婚したから……とか?」
「冥婚した人が全員、相手を見えるようになるなら、とっくに常識になってるでしょ。
たとえ大半が黙ってたとしても、誰かは言うはず」
「なるほど……。それにしても、ずいぶん話すようになったよな」
「ん? どういう意味?」
「高校のときは、もっとオドオドしてたし……」
「うーん……わからない。死ぬ前も、たまに外に出て買い物しても、あんな感じだったと思う」
そう言ってから、彼女は続ける。
「でも、今は……自分が尾花日々草だって思ってるから、かも」
確かに、日々草が配信を始めた頃は、口数も少なくて、話し方もどこか頼りなかった。
よく考えれば、高校時代のあの子の面影が、はっきり残っている。
「じゃあさ、心は成長したけど、体が追いつかなかっただけなんじゃないか?」
「……それ、あり得るね」
彼女は考え込む。
「……って、違う、ちょっと待って」
突然、顔を上げる。
「私たち、なんでこんな冷静に状況分析してるの?
普通なら、もっとパニックになってない?」
「……あ」
「……」
「…………」
「…………」
「案外、楽観的だよね」と彼女は言った。
「どういうことだ?」
「これが夢だとか、私があなたの幻覚だとか、疑わないの?」
言われてみれば、その通りだ。
「え? 違うのか?」
「ログイン情報でも言えば、確認できる?」
少し考える。
「やめとく。もし本物だったら、危なすぎる」
そう言ってから、続けた。
「それに、幻覚や夢だったとしても、
俺が見てるパソコンの画面が本物かどうかなんて、確認しようがないし」
逆に言えば、ここまで重症なら、
何が本当で何が嘘かを考えること自体、もう意味がない。
そういえば、さっきから心臓の鼓動がやけに速い……。
というか、俺たち、なんでずっと立ったまま話してるんだ。
「ちょっと座る」
そう言って、彼女の横を通り、ソファーベッドに腰を下ろした。
座った瞬間、胸の奥に熱が込み上げてくる。
「まさか……」
突然、涙が溢れ出して、声も掠れた。
「まだ生きてたなんて……また会えるなんて……‼」
「もう死んでるから……」
俺が泣き終わるまで待っても、
そのあともしばらく、気まずい沈黙が続いた。
「その……」
先に口を開いたのは、彼女だった。
「私のこと、そんなに推してた?」
「うん、まあ」
「部屋を見た感じ、私のグッズ、特別多いってほどでもないけど」
そう言ってから続ける。
「でも、あんなに泣かれるとは思わなくて、ちょっと驚いた」
「除隊してから、まだあまり時間が経ってなくてさ。金もなくて」
俺は言う。
「それに、軍隊にいたから予約戦争にも参加できなくて。
あの二周年のフィギュア、三倍の値段で買ったんだ……」
「うん、うん……そうなんだ……」
彼女は少しだけ唇を尖らせる。
「ふん……! 転売屋め」
「…………」
照れたのか、どこか落ち着かない様子だ。
「…………あのさ、食事、する?」
買ってきたコンビニのパスタが、まだ手つかずだった。
「え? うん……いいよ」
とりあえず、俺はもう一組、箸と皿を用意してから、彼女の名前を呼んだ。
年中行事や家族の食事のときに必要だ、って聞いたことはあるけど……
食べるって言ってるんだし、たぶん大丈夫だろう。
「○○○、ご飯だよ」
「……わかってるし、ここにいる」
「……一応、儀式ってことで」
「いいけど」
少し間を置いてから、彼女は言った。
「でも、呼ぶなら芸名にして。
自己認識が不安定になると、外見も不安定になりそうで」
それも、もっともだ。
生前の姿に戻るだけならまだしも、変な姿になるのは勘弁してほしい。
「……食べられるの?」
彼女が食事の動作をしているのが見える。
でも当然、俺の目には、箸も皿も一切動いていない。
「……味はある。死んでも、別に悪くないね」
「そうか……」
俺も食べ始める。
「美味しい?」
「悪くない……あっ!」
俺がソーセージを口に運んだのを見て、彼女が声を上げた。
「先に食べても、あなたが減るわけじゃないでしょ?」と、
少し怒った口調で言う。
「ごめん。俺には、何を食べてるか見えないから」
「そっか……見えないんだ……」
彼女は口を尖らせる。
「ふん……」
どうやら、これからは食事の仕方にも気をつけたほうがよさそうだ。
「そうだ」
彼女は箸を置く仕草をして、背筋を伸ばした。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
「あ、うん。こちらこそ、よろしく」
こうして、俺の奇妙な新婚生活は始まった。
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俺の屍がまだ冷めていない妻は、俺の推しVだった @fataku3000
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