第一話 恋愛に絶望した男と、雑草のVTuber

三年前、俺はとても親しくしていた後輩の女の子から、突然一切の連絡を断たれた。

理由は――彼女に彼氏ができたからだ。


彼氏ができたこと自体は、別に構わない。

問題なのは、その後の振る舞いだった。


当時、彼女は大小さまざまなことで俺を頼ってきたし、行きたい場所があれば一緒に行ってほしいと言ってきた。

二人で行動することも多く、周囲からは付き合っていると思われることさえあった。


ところが彼女は彼氏ができた途端、まるで俺が一年間ずっと彼女につきまとっていたかのような話を、あちこちで言いふらした。

それが、かなり堪えた。


俺は必死に自分を納得させようとした。

彼氏の信頼を得るためには、俺を悪者に仕立て上げるしかなかったんだ、と。


だが、その出来事をきっかけに、俺は現実の異性関係に対して、完全に信頼を失った。


これまでもそうだ。

どれだけ親しくやり取りしていた相手でも、俺が一歩踏み込もうとした途端、相手は距離を置く。


今回は、最初から一歩踏み込むこと自体を諦め、ただの友達でい続けた。

それでも、結果はこの有様だ。


俺はもう、どうすればいいのかわからなくなっていた。


ちょうどその頃、俺はV――尾花日々草に触れた。


「私は飛越文化四期生の、尾花日々草です。

世の中には花のような人もいますが、私はその花を引き立てるための雑草です。どうぞ、気軽に見ていってください」


この自嘲的な一言は、彼女の当初の立ち位置を、かなり正確に言い表していた。


同期生たちが目立つパッケージや宣伝を施されていたのに対し、彼女の立ち位置は、かなり端のほうだった。


まず、なぜか芸名が、二種類のありふれた雑草から取られている。


キャラクターデザインは、日本の漫画に出てくるような中国娘の雰囲気が強い。

チャイナドレスに肩を露出した幅広の袖という、どこかちぐはぐな服装に、粽のような三角形の団子髪が二つ付いたツインテール。


同期のワイルドな女カウボーイ、花魁、アマゾネス、イヌイットなど、外見に明らかに力を入れた配信モデルと比べると、

彼女のそれからは、絵師が描き進めた末にネタ切れを起こしたような空気が漂っていた。


致命的だったのは、話し声までもが冷淡で、感情の起伏がほとんど感じられなかったことだ。


ネット上では、数合わせで入れられただけだろう、どれほど持つかわからない、といった声が相次いでいた。


彼女の配信を見るようになったきっかけも、実に単純だった。

配信が安定していて、他のメンバーは誰も配信しておらず、しかも俺がちょうど暇だった。

それだけの理由で、なんとなく開いてみただけだ。


当時の同時接続数も、せいぜい七十人前後だったと思う。


そして俺は、彼女の人気が上がることになる、そのきっかけの瞬間を、たまたま目撃していた。


「スパチャ……ありがとう。えっと……

『日々草、僕にはとても好きな女の子がいます。でも、彼女は僕のことを好きじゃありません。彼女のためなら何でもします。どうすればいいのか、教えてください』」


まず、NT$30しか投げていない内容で釣ろうとしている可能性はさておき、

この手の話題自体が、そもそも非常に扱いづらい。


しかも日々草は、数分前にこう言ったばかりだった。

体の事情に加えて、現実の自分も内向的な性格で、恋愛経験はない、と。


――これで、何を答えろというんだ。


「…………」


それでも彼女は、ゲーム内で建設していた家の手を止め、真剣に考え始めた。


「私……これは本当に困っている状況だと仮定して、ちゃんと答えるね。

もしかしたら、すごく深刻な話かもしれないから」


「あなたが……本当に、何でもするつもりなら……」


「諦めたほうがいい。二度と連絡を取らないで」


「あなたのためにも、相手のためにも。諦めて」


コメント欄はすぐに、

「厳しすぎるw」「自業自得w」「Ohhhhhhhh」

といった反応で埋まった。


「もし本当に相手のことが好きなら、相手が望まないとき、あなたはその人のために手放すことを選べるはず」


「相手の気持ちはどうでもよくて、ただ愛されたいだけなら、それは本当の意味で好きなんじゃない。信じて。そういう場合、諦める決断は、思っているほど難しくない」


ここまでなら、ただの冷酷な批評にも見える。

だが、そのあと、流れが一変した。


「私が上から目線で言ってると思われないように、実体験も話すね。

私は恋愛経験はないけど、昔、クラスですごく優しくしてくれた男の子に、ラブレターを書いたことがある」


視聴者の多くは、この時こう思ったはずだ。

――待って、それ配信で話して大丈夫なやつ?


「振られたあとも、すぐには諦められなかった。

少しの間こだわってしまって、ただでさえ気まずかった関係は、もっと遠くなった」


え、え、それ本当に言っていいのか?

明日には卒業じゃないよな……?


「ある日、たまたま彼がクラスの可愛い女の子と一緒に買い物しているのを見て……

覚悟が決まったというか、完全に吹っ切れたというか、それ以降、私はもう彼に執着しなかった」


そこまで語ると、もともと冷たい声に、わずかな寂しさが滲んだ。


「卒業後の夏休みに、彼から突然Eメールが届いたの。

事情を打ち明けてくれて、心から私の幸せを願ってくれてた。

でも、私を傷つけたことがずっと引っかかっていて、もう関わることはできない、って」


「……別に、無視してくれてもよかったのに。

本当に、優しすぎる人だった。

私にとっては、辛い失恋が、一生大切にできる甘い思い出に変わった」


コメント欄には、すでに炎上の気配が漂っていた。


「私の初恋で、そして唯一の恋は……

小学校を卒業した年に、終わったの」


――って、小学生の頃の話かよ……!


「たぶん、あなたが一番望んでいる結果にはならないと思う。

でも、本当に相手のことを考えて行動できたなら、状況は少しは良くなるかもしれない。

少なくとも、私の経験ではそうだった」


この配信は、当時の視聴者に見られただけでなく、切り抜き動画としても爆発的に拡散された。

今でも、想いが暴走しがちな人を諭すときに、引き合いに出されることがある。


ファンに正面から向き合うその姿勢もそうだし、

小学生の頃の片想いが唯一の恋愛経験だという話にも、妙な説得力があった。

そうした点が評価され、彼女は多くのファンを獲得した。同性のファンも少なくなかった。


それを受けて、公式はほどなくして、彼女の配信モデルをリメイクする決断を下した。

表情や頭身バランスはより可愛らしくなり、衣装のパーツや装飾も増えた。

テンプレート的な大きな丸目だった瞳は、彼女の淡々とした雰囲気に合う形へと調整された。

頭の両側にある二つの三角粽子も、なぜか以前より大きくなっていた。


だが、彼女を本当に俺最推しにしたのは、その次に口にした言葉だった。


「たぶん、心のどこかで、本当の恋愛はもう諦めてるんだと思う。

だって私は、内向的な引きこもりだから」


「だから私は……たとえバーチャルでもいいから、

愛されていると感じられる、この仕事を選んだ」


当時、コメント欄を少人数で埋め尽くしていた「愛してる」という言葉がどういう流れだったのかは分からない。

それでも、俺の中では、何かがすとんと腑に落ちた。


「そうだよな。現実の恋愛がこんなにも人を傷つけるなら、

だったら俺は、バーチャルの恋愛をする」


その瞬間、画面に映るどこか粗削りな配信モデルが、

まるで逆光のエフェクトをまとったかのように、やけに眩しく見えた。


こうして俺は、彼女を一生の推しにすると決めた。


ただ、その「一生」が――

彼女の一生だとは、思ってもみなかった。

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