第4話 予期せぬ再会

「はぁ……」


 高望みやえり好みをするな、と姉には言われた。特に無理な希望を押し通そうとしているわけではないのだけれど、就職活動は難航中だ。


 長引く不況、特に飲食業界は原材料の高騰でダメージを追っていて、経費の中でも大きな割合を占める人件費を削ろうという向きは、わかる。

 求人サイトに出ているのは、大手チェーンの募集のみだ。あまり気乗りしなかったけれど、キッチンで働かせてもらえるのなら、バイトをしながら次を探せばいいか、と面接を受けに行った。


 申し込みフォームにも「キッチン志望」にチェックを入れたし、履歴書のPRの部分にもそう書いた。なのに面接をしてくれた、私と同じ年ごろの店長は頭を掻きながら、「女の人にはなるべくホールに出てもらいたいんだよね」と言った。


 どうしてですか、と質問をするも、要領を得ない。ホールにでかくて愛想のない男がいたら食欲減退するでしょう、と言われた。


 面接は、混雑していない時間、店舗の隅の席で行われた。ぐるっと見回すと、確かにホールでお客さんへの提供を行っているのは、年代は様々だが、女性ばかりだ。愛想よく笑って、常連らしいおじいちゃん客の話をやり過ごしている。


『愛想のあるなしは、男女によらないと思います。笑顔の素敵な男性だって世の中にはたくさんいますよ? 私は料理を作るのが一番好きで、食べるのが二番目です。お客さんの喜んでいる顔を間近に見られるホールもいいかもしれませんが、やっぱり少しでも「作る」に関わりたいので、キッチンが希望なんですが……』


 と、ひと息に喋ったところで、店長の表情にようやく気がついて口を噤んだ。


 うわ、またやっちゃった。


 いやでもだって、仕方なくない? 男はこう、女はこう、って性別によって決められるのって、女だけじゃなくて、男の人だって辛いこともあると思う。女子が多いクラス編成の中、「男だから、虫だって平気でしょ!?」と、蜂を追い出す係に任命された同級生が、泣きそうになっていたことがあった。 


 呆気に取られていた店長は、咳払いで私の言葉を振り払った。


「とにかく、当店は女性はホールと決まっているので。納得いただけないのであれば、今回はご縁がなかったということになりますね!」


 言葉尻が強い。とっとと帰ってくれというのがまるわかりで、用意されていたグラスの水を一気に飲み干して、「それでは失礼します」と、席を立った。


 ……のが、数十分前の話。やらかしはしたけれど、間違ったことは言っていない。たぶん。求人サイトにも、「女性はホール限定」なんてどこにも書いてなかったし、書いてあったとしたら、プチ炎上くらいするだろう案件だ。あんな店で働いていたら、女だからとあれこれ雑務を押しつけられたに違いない。ぞっとする。


 しかし困ったな。一番条件がよかったファミレスが、これでつぶれてしまった。他にも二件、同じグループの店舗は市内にあるものの、距離が遠いし、同じ経営方針である可能性が高い。


 いっそのこと、本部にクレームを入れた方がいいんだろうか。


 なんてことをぐるぐると考えていたら、お腹が鳴った。面接前に軽く食べていたけれど、怒りでエネルギーを消耗したせいだ。燃費の悪さに、我ながら笑ってしまう。


 場所は五稜郭ごりょうかく。市内で一番の歓楽街だ。


 学生時代から、遊ぶのは大抵五稜郭だった。100円ショップも本屋もゲーセンも、市内唯一になってしまったデパートも、全部この街にある。


 何を食べようかな。今の時間なら、どこの店も空いているだろう。せっかくなら個人の飲食店を開拓して、そこが美味しかったら、「キッチンで働かせてもらえませんか?」と、交渉してみるのはどうだろう。和、洋、中、どれも捨てがたい……食べるよりも作る方で。


 うーん、と唸りながら通りかかった店は、残念ながら食べ物を出す店ではなかった。ガラス張りの扉の前には、いろいろな物件の間取りが貼られている。不動産屋だ。


 見るとはなしに見て、東京時代に自分が住んでいたのと変わらない広さのマンションの家賃が、半額くらいであることに驚いた。地元の家賃相場なんて、気にしたことがなかった。


「先に引っ越して自分を追い込むのもアリか? あ~、でも家電とかそろえなきゃなのか。それはお金がかかるなぁ……慰謝料、なるべく使いたくないよなあ……」


 女のひとり暮らしだから、セキュリティはきちんとしていた方がいい。少なくとも二階以上で、できればオートロックのマンションで……。


 間取りを見るのって、いろいろ想像できて楽しい。ファミリー向けの分譲マンションなんて、私だったらこんな風に暮らしたいな、という夢があるから好きだった。まぁ、そのときは結婚するつもりでいたから、だけど。


 不動産屋が扱うのは、一般の賃貸マンション・アパートだけではない。函館では必須の自動車を止める駐車場(ちなみに私はペーパードライバーだ。練習しないとなあ……)や、事務所用の物件、飲食店の居抜き物件なども取り扱っている。


 不景気で、撤退する店も多いんだろうなあ……と眺めていると、不意に中にいる男性と目が合った。これもまた、ファミレスの店長と同じく、私と同世代の若い男である。


 立ち上がって外に出てこようとするので、慌てた。お客だと思われている。違うからといって走って逃げるのもおかしな話で、あわあわしているところに声をかけられる。


「もしかして、雨宮さん? 雨宮、まひる?」

「え、あ、そうですけど……なんで、私の名前」


 背が高く、笑顔も爽やかな好青年然とした人物に、知り合いはいないはず。でも、はっきりと向こうは私の名前を呼んだということは、絶対に知り合いのはずなのだ。目を凝らしても記憶は蘇らず、相手は一生懸命に思い出そうとする私に、苦笑を浮かべた。


 俺はだいぶ変わっちゃったからなぁ、と言った彼の胸元には「佐藤さとう」という、これまでの人生ですべてのクラスで同級生であった可能性がある、特徴のないネームプレート。


「俺だよ。佐藤。佐藤陽太ようた。高校、一緒だったでしょう?」

「え? あ、あー……! 陽太……!?」


 フラッシュバックするのは、眼鏡と前髪で素顔を半分隠した、無口な少年だった。学ランよりもジャージを着ている姿がパッと浮かぶのは、彼が陸上部員で、クラスが違う私と挨拶をするときには、たいてい朝練終わりか放課後の部活動に向かう前だったからだ。


 まじまじと彼の顔と、不動産屋の店構えを見比べてしまう。


 まさかあの陽太が、窓口対応をしているなんて。相談に来た人の話を聞き、具体的な提案をして、っていう仕事でしょう。

 

 あの陽太が?


 私の驚きや戸惑いを、彼は正確に感じ取って笑った。それから振り向き、「店長! 俺、昼まだなんで行ってきていいですか!」と、大きな声で叫び、許可をもぎ取った。


「ここで会ったのも何かの縁だから」

「でも」

「それともお腹、あんまり空いてない?」


 お腹の虫っていうのは、返事をしなくていい場面でなぜか騒ぎ出すものだ。この身体の持ち主である私がおしゃべりだからって、そんなところまで似なくていいのに。


 真っ赤になった私に微笑み、陽太は「行こ。美味い定食屋があるんだ」と、促した。


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2026年1月4日 06:00
2026年1月5日 06:00
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函館駅前おしゃべりランチへようこそ 葉咲透織 @hazaki_iroha

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