まさかの再会 AI

 峠に来ると、ちょっとだけ寒気がした。もう秋も終わって、冬へ入る頃みたい。雪が降っていないだけ、まだマシかなと自分を慰める。


 さて、夜見川君のペンダントはどこにあるのだろう?


 お葬式には参加出来なかったから、わたしは彼の遺骨も見ていない。そのせいもあって、彼がこの世にいないっていう実感がない。そうなると、今のわたしにとって彼を感じられる物はあのペンダントしかない。


 ――ここの幽霊って禁断の恋が叶わずに亡くなった人たちらしいからさ、こういうペアリングみたいなやつを持ってくると反応して出てくるって言われているの。


 いつかに聞いた、志穂ちゃんの言葉が脳裏に蘇る。


 そう言えば、これって幽霊を引き寄せるためのアイテムだったんだよね。それがいつの間にか思い出の品に変わって、わたしはそれを必死になって夜の峠で探している。なんだか皮肉な話だなって思う。


 手始めに、わたし達が事故に遭った現場付近からペンダント探しを始めることにした。辺りが暗くても、月明かりをよく反射するから見つかるはず。そう思いながら地面を舐めるように眺めていく。


 だけど、そんな簡単には見つからなくて、もしかしたら誰かに回収されちゃったのかなとも思う。でも、それなら夜見川君の火葬で一緒に燃やされていると思うし、残りの二人からもあのペンダントを一緒に火葬したとは聞いていない。


 となると、ペンダントは事故で吹っ飛ばされたんじゃなくて、ここに来るまでのどこかで落としたんじゃないか。あの時は夜見川君と話しながら歩いていたし、そこでペンダントを落としても気付かなかった可能性は大いにある。


 これから来た道を全部探すのか……。考えるとげんなりとしてくるけど、そうも言っていられない。


 記憶を辿りながら、夜見川君と歩いた道を探していく。


 本格的にここを歩いたのは、四人で行った肝試しが最初のはず。それなのに、今では無くてはならない場所のように何度も行き来しているんだから不思議だ。


 最初は志穂ちゃんの考えた肝試しで、どっちかと言えば彼女の恋路を助けるためのイベントだった。


 でも実際に行ってみると、四人でわいわい騒いでペアになって森を歩くのが楽しかった。小学生がやる探検みたいな、未知の場所を歩く楽しみに触れたんだと思う。


 志穂ちゃんと竹川君が先に進んで、わたしと夜見川君は後ろから追っていく。道が暗くて不安でも、当時にそこまで仲の良くなかった夜見川君が、幽霊からわたしのことを守ってくれた。そんな展開は漫画やドラマにしかないと思っていたから嬉しかったんだよね、たしか。


 彼に守られて、思わずドキッとした。


 綺麗な指をした手を握った瞬間、心臓がバクバクと鳴り響いて、怖さは無くなったけど違うドキドキが止まらなかったのを憶えている。


 本物の幽霊に会ったのも、あの時。白い服を着た女性は半分ぐらい透けていて、どんな顔をしているかも分からなかった。だけど悲しげな目をしているのだけは、はっきりと分かった。それもあってか「好きな人と一緒にいられる時間を、大切にしなさい」っていう言葉に妙な重みを感じたんだよね。


 あの言葉がなんだか胸に刺さって、しばらくなんでだろうって思っていた。あの女性の幽霊は、もしかしたら夜見川君がわたしにとっての大切な人になると見抜いていたのかな?


 それからほどなくして、わたしの中で夜見川君への想いが明確になった。


 思えばあの幽霊の言葉は、ちょっとした予言だったのかもしれない。肝試しの時には二人とも照れて何も言えなかったけど、あの時に感じた手のぬくもりは忘れられない。それを頼りにして今を生きていると言っても過言ではないかもしれない。


 ちょっとした思い出から返ってくる。目の前には暗い峠の道が広がっている。


 今は一人で同じ道を歩いている。同じ道でも、誰も傍にいないとちょっと勇気が要る。子供じゃあるまいしって思うけど、考えてみたら中学生は子供だ。だから怖くてもいいんだと思う。


 夜空には星がたくさんあって、流星群なんか来ていなくても十分綺麗だった。自分から目を向けないと、いちいちそんなことにも気付けないんだなと思った。


 もしあの時、妥協して月にお祈りなんかせずに、流れ星が消える前に夜見川君とずっと一緒にいたいって言い切ってしまえば……。そうすれば、今頃違う結果が待っていたのだろうか。今となっては分かりっこないけど、そう考えると悔やまれるものがある。


 月明かりが木々の葉を照らして、足元がぼんやり見える。ペンダントを探し始めてから、もう一時間近く経つ。事故の現場はすぐに見つかったけど、ペンダントはなかった。地面を這う勢いで目を凝らしたけど、草むらに光る金属が埋もれている気配もない。月明かりが反射するはずなのに、何も光らない。


「うーん、どこなんだろう」


 声に出して呟く。絶望したくなくて、現実逃避で今の状況を茶化したくなる。


 息が白く、冬の冷たさが体に染みる。知らない間にどんどん寒くなってきている。峠の空気がいつもより重い気がした。風が木々を揺らして、ささやくような音がする。


 ザラザラとした音が怖くなって、ペンダントを握りしめる。そうすれば行くべきところに導いてくれるような気がした。神の御心みたいな何かがあるのなら、今こそわたしに力を貸してほしい。


 道を戻って、肝試しのルートを辿る。森の入口、木の根が絡まる坂道。あの時、夜見川君と手を繋いで登った坂。息が上がって、笑い合った。ペンダントの鎖が、服に擦れてカチャカチャと小さな音を立てていた。


 あの音が今はしない。落としたのはここかな? 地面を照らして探すけど、落ち葉が積もって何も見えない。この辺一帯の落ち葉ごと掘って探すしかないのかと思うと、絶望的な気分になるのでやめた。


 無常に時間が経っていく。きっともう夜は遅い。帰ったら怒られるんだろうな。考えたくもないけど。


 足が疲れて、呼吸が荒くなる。峠の道は曲がりくねっていて、だんだんどこを歩いているのかも分からなくなっていく。


「……あれ? 今どこにいるんだっけ?」


 不安が胸を締めつける。木々が密集して、月明かりも届きにくい。風が強くなって、葉ずれの音が不気味に響く。


 あ、わたし……。


 夜の峠で、とても嫌なことに気が付く。それは、絶対にあってはならないことだった。それでも、今のわたしの置かれている状況は明らかに「それ」だった。


 ――わたし、もしかしたら遭難したかもしれない。


 ……うわあ、マジで?


 その瞬間に足がすくむ。あー怖い。一人で本当に何やってるんだろう。夜見川君がいれば、きっと手を引いてくれるのに。そう言えば女性は地図を読むのが苦手って聞いたことがあるような。こういうこと? いや、今さら遅すぎるんだけど。


 さあ、どうするわたし。この苦境をどう打開する?


 わざと他人事のように自分を眺めてから、深呼吸して落ち着こうとする。ようし、わたしは大丈夫。きっとペンダントを見つけて、みんなのもとへ帰っていく。そう、わたしは大丈夫なんだ。出来るって言い続ければ、出来ないことも出来るようになる。


 迷った時、くじけそうな時にこそ強力な精神力が活きてくる。わたしは自己暗示をかけながら、うまいことペンダントを見つけて帰るまでをイメージした。


 よし、ペンダントを探すんだ。夜見川君の分を見つけて、彼の眠るお墓まで返してあげないと。思い出の場所で、約束を果たさないと。歩き出すけど、道が枝分かれしていて、どれが正しいか分からない。懐中電灯のバッテリーが減って、ライトが弱くなる。


 うわ、まさか電池が切れそうだったの?


 そんな状況は想定すらしていなかったので、冷たい汗が背中を伝う。だって、そんなに簡単に電池って無くならないじゃない。


 ライトが先細りすると、それに比例してわたしのメンタルも一気に心細くなってくる。嘘でしょ? こんな年にもなって、まさか地元の峠で遭難なんて。


「誰か……」


 やむにやまれず小さな声で呼ぶけど、返事はない。誰も聞いていないはずなのに、すごく恥ずかしい。


 風が木々を揺らして、ささやくような音がする。うわ、怖い。これって何? 幻聴? それとも別の……? いや、それは考えたくない。


 そんなことを思っていると、ふと霧が立ち込めてくる。視界が白くぼやけて、道が消える。心臓が喉元まで上がってくる。うわ、ちょっと待って。怖い、怖いよ……。


 霧の奥から、白い影が浮かぶ。長い黒髪、白い服。ワンピースにも見える裾を風になびかせながら、こちらにゆっくりと近づいてくる。


 ――来た。間違いようがない。


「あなたは……」


 もう二度と出会うことはないと思っていた存在。思い出の中でしか語られないと思っていた女性は、再度わたしの目の前に姿を現した。


 ――目の前には、肝試しの夜に会った白い女の人の姿があった。

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