月に願いを AI

 ――約束の日。


 学校が終わって待ち合わせ場所の校門に着くと、夜見川君がすでに立っていた。制服からのぞく微妙に筋肉質な腕がカッコ良かった。


「おう、来たか。もう行けるか?」


 夜見川君の声が、少し柔らかい。わたしは笑顔を作ろうとするけど、上手く出来ない。自分でも気付かないうちに緊張しているのかもしれない。


「うん。あの……楽しみだね、流星群」


 言葉が上ずっちゃう。夜見川君は気にせず手を差し出す。


「そうだな。峠まで、バスで行こう」


 今日のデートは、親には授業の一環みたいに説明をしてある。やっぱり課外授業で流星群を見に行くと言われると、大人としては真面目な活動に聞こえるらしい。


 説明が上手くいったのもあって、わたし達は堂々と親公認で夜の流星群を見に行ける。もちろん年ごろの男女が二人っきりで課外授業に行くなんて言うはずもないけど。


 手を繋いで歩き出す。指のからむ感触がくすぐったい。今日は特別。二人きりの夜。いつもよりもさらにドキドキすることがあるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませた。


バス停まで、住宅街を並んで歩く。夕陽がオレンジ色に空を染めて、木々の葉が風に揺らめく。夏の終わりを惜しむような、穏やかな風。目を閉じると、なんだか切ない気分になる。


「最近の上城さ、授業中に結構ボーっとしてるよな」


 夜見川君が、からかうように言う。顔が熱くなるけど、夕日でバレていないだろうと思いながら首を振る。


「え、わたし? そんなことないよ……。夜見川君こそ、今夜に何が起こるか色々と妄想を膨らませていたんじゃないの?」


 半分はわたしの願望も込めて言った。せっかくのデートなのに、「実は星にしか興味がありませんでした」と言われたら悲しくなる。夜見川君には、ほどよくエッチなことも考えてもらいつつ、わたしと過ごす夜の期待感で悶々としていてほしい。だって、わたしはそれ以上に夜見川君のことが好きなんだもん。


 そんな思いが通じたのか、ミスター朴念仁の目が少し逸れる。


 この前のポッキーゲームでふいに訪れたファーストキス。それから偶然の重なりでまさかのカップルが成立したあの日も、なんだか遠い昔のように感じる。今ではお互いに「好きだよ」って言えるし、ここ最近でわたし達はとんでもない進歩を遂げている。ガガーリンも驚くぐらいに真っ青な春の真っただ中って感じ。


 夜見川君がちょっと照れた感じで口を開く。


「まあ、『彼女』と一緒に夜を過ごすんだから、そりゃ色々考えるよな」

「エッチ」


 そう言うわたしは、自分の声に嬉しそうな感じが溢れているのを隠せなかった。夜見川君がわたしのことをちゃんと女として見てくれている。それが本当に嬉しかった。


「ポッキーゲームの後でさ、植村に『作戦成功!』って言われたんだよ。どうやら、あの王様ゲームは最初から俺たちをくっつけるためのものだったらしいぞ。ただ、あいつらも本当にくっつくとは思っていなかったらしいけど」


 そんなバカなと言いたいところだけど、志穂ちゃんの言動を振り返ると、たしかにそのように仕組まれていた感が拭えない。志穂ちゃん、一体どうやってわたし達にポッキーゲームをやらせたんだろう。そのお陰で今は楽しいわけだけど。


「じゃあ、今日はわたし達が自主的にするデートになるわけだね」

「考えてみればそうだな。前の肝試しでは四人だったし、企画も段取りも岳と植村に丸投げだったからな」

「志穂ちゃんに今日のことを話したら、喜んでたよ」

「そうなのか?」

「うん、志穂ちゃん、めっちゃ喜んでた。『絶対いい思い出になるよ!』って。だから、今日は本当に最高の思い出にしようね」


 そう言いながら、ここ最近の恋愛イベントを思い出す。手を繋いで歩いた下校後の帰り道。夕日に照らされた夜見川君の顔。わたしの感情が高ぶって泣いてしまったこと。そして、あの日のキスの感触……。それらの一つ一つが、わたしの胸を熱くさせる。


 夜見川君が、わずかに笑みを浮かべる。


「そうだな。俺も、今日は忘れられない夜にしたいと思っている」


 その言葉に、ドキッとする。夕陽が、二人の影を長く伸ばす。バス停に着いて、バスを待つ間、風が冷たくて自然と寄り添う。猫みたいにくっついていると、心臓の音がトクトクと聞こえそう。


 バスに乗って、峠に向かう。窓から見える景色が、森と山ばかりに変わっていく。夜見川君の横顔が窓ガラスに映っていて、直視出来ないせいでガラスの方をじっと見つめていた。


 無意識に例のペンダントを握りこむ。いつもは制服に隠しているけど、こうやって二人で行動する時には見えるように身に着けている。だから二人っきりになったわたし達の首には、いつもお揃いのペンダントが光を放っている。


 相変わらずクールで、表情の乏しい自称朴念仁。でも、お揃いのペンダントは付けてくれて、わたしを見る目は優しい。あの肝試しの夜から、彼も少しずつ変わっているのかな。


 峠に着くと、空はすっかり暗い。見晴らしいい場所を探してシートを広げる。夜見川君が持ってきたシートを敷いて、二人で座った。時間になるまで、お菓子と紅茶をお伴に雑談しながら過ごす。今まで生きてきた中で最高に有意義な時間の浪費だった。


「もうちょっとかな」


 ポケベルで時間を確認して、流星群のピークを待つ。風が少し冷たくて、肩が触れ合う。体を預けた時にほっぺたに夜見川君のワイシャツが当たって、その感触が心地よかった。夜の闇は深くなっていく。ドキドキするけど、幸せだった。


 陽が落ちて、漆黒が空を支配する。


 その漆黒の中には、すでに無数の星々が輝いていた。風は冷たいけど、目の前の光景を見るとどうでもよくなった。


「あ、今の……!」


 わたしの声につられて、夜見川君が空を見上げる。黒い空に、白い線がスッと横切る。次々と流星が横切って、夜空に細い線を描いていく。不思議で奇跡的な瞬間に息を飲んで、お互いに流れ星を指さし合う。


 流れ星は数分置きに見えて、それを見つけるたびにわたしは声を上げる。


「ねえ見て、また星が流れたよ!」

「すごいな、こんなに」


 夜見川君の声が、興奮で少し高くなる。わたしは頷いて、さりげなく彼の肩に寄りかかる。温かくて、安心する。


 ……あ、忘れてた。そう言えば、流れ星が消える前にお願いをするんだった。


 そう思った刹那、また流れ星が一つ夜空を横切る。


「夜見川君とずっと一緒にいられますように」


 言い切る前に流れ星は消えてしまった。「あーダメだったか」って横を見ると、ちょっと驚いた夜見川君の顔があった。


「なに?」

「いや、そんな流れ星に頼み込むほどの願いなのかって思ったからな」

「それ、どういうこと?」

「俺なんかよりもいい男はいくらでもいる。だから流れ星を探してまで言うことなのかって思ってな」

「またそんなこと言ってる。夜見川君はカッコいいんだよ? 少なくともわたしにとっては。だからさ、わたしから逃げないでよ」


 自分でも何でそんな言い回しになったのか分からない。だけど、とにかくわたしは夜見川君にどこにも行ってほしくなかった。


 この幸せな時間が、いつまでも続くわけじゃないことぐらい分かっている。だから終わりを考えるとどうしようもなく切なくなって、悲しくなることもある。


 だけど、それにも増してわたしは今この瞬間を大切にしたいと思っている。


 結局、何度やっても流れ星が消える前に願い事は言い切れなかった。流れ星くん、消えるのが早すぎるよ。


「もういいもん。月にお願いするから」


 わたしが頬を膨らませると、それを見た夜見川君が苦笑いする。星空の中で、ひときわ強い光を放っている月に向かって願いを唱えた。


「夜見川君と、ずっと一緒にいられますように。たとえ離れても、どこかで会えますように」

「なんだよ、それ」


 横でツッコむ夜見川君を無視して、わたしは強い念を月に送った。流れ星と違ってずっと空に浮かんでいるから、わたしの想いだって届くはずだ。


「よし終わり。じゃあ引き上げましょうか」


 わたしがそう言うと、夜見川君も「そうだな」と言ってシートから腰を上げる。最後はちょっと強引だったけど、別にいい。流れ星のおまじないなんて無くたって、わたしは夜見川君と恋人でいつづけるんだ。後から考えると身もふたもないことを思いながら、わたしも帰るための準備をする。


「夜見川君、今日はありがとう。本当に今日は楽しかった。またいつか、星を眺めにこようね」

「ああ、そうだな」


   ◆


 峠の星を見られるスポットから出てきたわたし達は、曲がりくねる峠の道路沿いを歩いて帰って行く。さすがにこの時間にバスは来ないけど、歩いて帰れない距離じゃない。ゆっくりと星を眺めて帰るのもデートの延長みたいで楽しかった。


 曲がりくねる道を歩きながら、夜見川君と楽しかったことや学校のことを話しながら帰っていく。ほとんど話すのはわたしばっかりだった気がしたけど、あんまり気にしないようにした。


 もう少し歩くと、わたし達は町に着いてしまう。遠足が終わるのが名残惜しかった頃のように、帰りたくないなって気持ちになってくる。


「今度また、流れ星を見に来ようね」

「ああ。ただ、流星群もそう頻繁にくるわけじゃないから、かなり先の話になるかもしれないな」

「そう……。じゃあ、次回では人数が増えているかもしれないね」

「ん? 岳と植村も呼ぶってことか?」

「もう、ホント鈍感だよね、君は」


 わたしは思わず苦笑する。夜見川君の肩を軽く叩いた。


 ――増えているかもしれないのは、わたし達の子供がいるかもってことだよ。


 そう言おうとした刹那、ふいに猛烈な寒気が襲ってきた。


 暗闇を切り裂くライト。森閑な空気をぶち壊すエンジンの音。


 気付けば、暴走する車が目の前まで迫っていた。


「えっ……?」


 わたしの発した声は、まるで他人の言葉のように聞こえた。ライトで真っ白になる視界。まばゆい視界の中で、目の前の人影に車がぶつかる。

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