無意識の本音 AI

 うわあ、本当にヤバいかも。ちょっと油断すると、そのまま気絶してしまいそう。


 昨日の夜は本当に一睡もできなかった。ベッドで目を閉じても、夜見川君の顔が浮かんで、胸がざわざわして、何かでごまかそうとしても結局どうにもならなかった。


 起きて鏡を見ると目の下にクマができていて、お母さんのファンデーションを借りてごまかした。


 一睡もしていない体はすっごく重たくて、体力には自信がある方なのに眠くて倒れそうなのを必死に堪えている。


 学校で志穂ちゃんに会うと、よっぽどひどい顔をしていたのか「亜衣ちゃん、寝不足?」って心配された。志穂ちゃんはポッキーゲームのことは知っているから心当たりはあるんだろうけど、その続きがあるなんてまさか言えなくてごまかした。こういう時に真面目なキャラって損だよねって思う。


 学校に来てからの記憶はあまり無い。授業中はずっとぼんやりしていて、先生の声が電池の切れそうなラジオぐらいにしか感じられなかった。ノートを取る手は止まり、頭がフワフワして、ずっと変な夢を見てるみたい。


 ほとんど気絶しているような感じで午前中の授業が終わる。まだ午後もあるのか。わたしは今日、生きられるのか。そんな気分になってくる。


 給食が終わると、私は机に突っ伏した。電池切れ――今のわたしには、少しでも睡眠が必要だった。


「亜衣ちゃん、大丈夫?」


 志穂ちゃんの声が聞こえてきて指先で肩をトントンされるけど、返事をする気力もない。気になることと言えば、バカみたいに口を開けて寝ていないかぐらいだ。


「返事が無い。ただのしかばねのようだ」


 竹川君がドラクエ風にわたしをイジってくるけど、それにこたえる気力もない。頼むから充電が終わるまでどこかに行っていて。


 そのまま気絶していると、ふと志穂ちゃんの声が聞こえる。


「夜見川君も、なんかぼーっとしてるよね。二人とも寝不足?」

「ああ、まあな……」


 低い声が、後ろから響いて、ドキッとする。理由を知らない周囲のクラスメイトたちがわたし達を見て笑う。薄目でなんとか視線を遣ると、同じく眠そうに机に崩れ落ちた状態の夜見川君と目が合った。なんでわたし達がセットで笑われていたのか理由が分かって、自分でもちょっとおかしくなる。


「……夜見川君のせいだからね」


 わたしはほとんど無意識の状態で口を開く。蚊の鳴くような声なのに、静かな教室ではやたらとはっきり聞こえた。


 自分で言っておきながら、ポッキーゲームのハプニングや帰り道でのキスが脳裏をよぎる。頭を振ってどこかへと追いやりたいところだけど、そんな体力も残っていなかった。くそう、全部夜見川君のせいだ。


「責任、取ってよね」


 自分でもなんでそんなことを言ったの分からない。ただ、無意識に発した強がりのようなものだ。


 ただ、朦朧もうろうとする意識の中でも夜見川君に対する抗議のような気持ちはあった。だって、わたしをこんなに追い込むなんて、イタズラでしたでは済まされないでしょ?


 そんなわたしの抗議は声が小さくて聞こえないはず……なんだけど、教室が急に静かになる。志穂ちゃんの「え?」って声がして、教室の視線が集まったのが感じる。感じるっていうのは、依然としてわたしがほとんど気絶している状態だから。


 わたしは時間差でようやく自分の発言に気付き、ハッとして顔を上げる。しまった、寝不足で頭おかしくなってる……。


 起きているんだか寝ているんだか分からない姿勢で机にうなだれている夜見川君と目が合った。わたしと同じく死んでいるはずなのに、その目にはドキっとさせる何かがあった。


「分かったよ。俺が全部、責任を取る」


 教室が静まり返り、時間差でみんなが「えええ!?」ってざわつきはじめる。わたしは返事を聞いたままフリーズしていて、完全なる思考停止に陥っていた。」


 ちょっと待って。分かったって、どういうこと?


 全部責任を取る? それって、何に対して……?


「カ……カップル成立じゃん!」


 志穂ちゃんが上ずった声で言うと、竹川君が「おいおい、とんでもない急展開だな」と笑って、突如のハプニングにクラス中が沸く。


 ――あれ? 何が起きたの?


 騒ぎの渦中にいるわたしは、おそらく二番目ぐらいにこの状況を理解していない。一番はぶっちぎりで夜見川君。


 だけど、時間差で何が起こったのかを理解しはじめる。


 あちこちから拍手とからかい声が飛び交って、遅れて状況を理解したわたしはパニックで机に突っ伏す。わ、ちょっと待って。違うの! これは、その……寝不足で頭がおかしくなっていただけで……。


 だけど、そんなわたしの想いは届かない。教室は突如のカップル成立に祝福ムードとからかいで溢れていた。


 もしかして、わたし達って正式に付き合うことになっちゃったの? そんなバカなことが……。


 振り返ると、驚いた顔の夜見川君と目が合った。お前もかい。似た者過ぎて、最悪な状況なのに笑いそうになる。わたしの気も知らないクラスメイトは、口々に「おめでとう」などと結婚式にでも来たかのような言葉をかけてくる。


 そのまま午後の授業開始を告げるチャイムが鳴るまで、教室は大騒ぎになっていた。わたしは恥ずかしさで顔を上げられなくて、ただ頰を押さえてた。


 どうしよう……。でも、心のどこかで、嬉しい。


 寝不足のせいか、わたしの思考が混沌としている。すべては寝不足のせいだ。


 でも、なんだか夢みたい。これが夢なら、覚めないでほしいとも思う。


 そうか、わたしは心のどこかでこんな光景を求めていたんだな。騒がしい教室の中で、わたしは自分の知らなかった一面を見つけた。

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