ファーストキス AI
志穂ちゃんの家から夜見川君と二人で帰って行く。
空はすっかり暗くなって、街灯がポツポツと灯りはじめている。暗くなっていて助かった。お陰で、顔を見られずに済むから。
二人で足音も立てず、静かな街を歩いてゆく。
さっきまでの大騒ぎが嘘みたいで、急に現実に引き戻された感じ。目を閉じると、あの時の感覚が蘇える。唇にポッキーの味が残っている気がして、自分の舌が当たっただけでも頰が熱くなる。
夜見川君がわたしの先を歩いて行く。いつもは歩調を合わせてくれるけど、さっきのことで気が動転しているのか、それとも怒っているのか、長い脚でスタスタと先へ行ってしまう。
わたしは慌てて後を追うけど、足音が妙に響いて気まずさが倍増する。どうしよう。もう思考がまともに機能していない。だって今日は……キスしちゃったんだよ?
あの感触、思い出すだけで心臓が破裂しそうになる。夜見川君は背中しか見えないから、いつも以上に何を考えているのか分からない。
無言で歩きながら、道路に伸びる二つの影を眺めていた。
沈黙が続く。夜見川君の背中が、いつにも増して固い。普段からクールな感じだけど、今日はちょっと違うかも。夕日で気付かなかったけど、なんか耳まで赤い……? いや、気のせいかな。なんだか、もうよく分からない。
「えっと……あの、今日のゲーム、すごかったね」
沈黙に耐えかねてようやく口を開くけど、無理をしているから声が上ずってしまう。夜見川君が足を止めて、振り返る。目が合って、またドキッとする。
「ああ……。植村の奴、張り切りすぎだろ。ポッキーゲームなんて急にエスカレートしすぎだよな」
夜見川君の声もいつもより低い。もしかして照れてる? それとも、わたしと同じように気まずいだけ? じっくりとその表情を観察する余裕も無く、わたしは地面を眺めながら頷く。
「そうだよね。わたし、びっくりしすぎて、変な声出ちゃったよね。ごめん、夜見川君のせいじゃないのに……」
言葉が詰まる。キスのことを、言えない。言ったら、どうなるの? あの瞬間、ポッキーがなくなって唇が触れた時、柔らかくて、温かくて……。頭がぐるぐる回って、顔が熱い。夜見川君が少し咳払いして、歩き出す。
「いや、俺の方こそ。……急にくっついちゃって、悪かったな。ポッキー、急いで食べ過ぎたか?」
わたしは思わず笑ってしまった。ポッキーを急いで食べ過ぎたって……どんなフォローだよって。
「ううん、わたしも勢い余って……なんかごめんね。でも、みんな笑ってくれたし、いい思い出になったよ。志穂ちゃんの家、豪華だよね。クッションいっぱいで、座り心地よかった」
話題を変えようと、無理矢理すぎる方向へと話を引っ張っていく。夜見川君んも分かっているのか、「そうだな。あの部屋、落ち着くよな」と返す。少しも意味のない会話だけど、今のわたし達にとっては必要なやり取りだった。どうでもいいことばかりを話して、気まずい沈黙を埋めていく。
下らない会話でも弾めば気まずさが和らいでいく。昨日の下校時に見た夕陽を思い出す。あの時も、こんな感じだったっけ。
別れ道が近づいてくる。夜見川君が立ち止まる。
「じゃあな、上城。また明日」
手を振って、彼の背中を見送る。残された道を一人で歩きながら、唇に指を当てる。あの感触、まだ消えない。ドキドキが止まらない……。明日、学校で会ったら、どう顔合わせればいいんだろう。好き、って気持ちが、どんどん大きくなっていく。
この気まずさも、きっと宝物になるのかな。胸のペンダントをそっと触りながら、そう思う。
「あの」
想像以上に大きな声が出て、驚いた夜見川君が振り向く。しまったと思った。だけど、もう引っ込みなんてつかない。
「わたし……あんな形でも、初めてのキスが夜見川君で良かった」
「……」
「夜見川君にとっては、ちょっとしたハプニングぐらいにしか思わないかもしれない。だけど、わたしは……」
そこまで言って、ふいに涙がこぼれてきた。どうしてかは分からない。だけど、わたしは流れる涙にも構わず続けた。
「わたしにとって、さっきのキスはずっと思い出に残ると思うの。だから、災難みたいにには思わないでほしい」
「上城……」
わたしは自分の発した言葉ですら意味が分からずに泣いていた。ただ、わたしの本能はその言葉を伝えろと言っていた。世間体も気恥ずかしさも、ひょっとしたら世間では理性と呼ばれているものでも、その声に逆らうことは出来なかった。
どうしよう。涙が止まらない。だけど、泣きながらわたしは安堵を感じていることにも気付いていた。それを夜見川君がどう思うかまでは分からないけど。
「上城、お前って思ってたよりもアレだな」
涙でにじんだ視界。ボヤっとしか見えない夜見川君は呆れた顔でわたしを見ていた……ように映った。
滲んだ夜見川君が近付いてくる。もしかして怒っている? 怖くなって目を閉じると、唇に柔らかい感触がした。
「えっ……?」
わたしは何が起こったのか分からず、パニックになった。
慌てて涙を拭うと、目の前には今までに見たことの無い顔をした夜見川君がいた。
「初めての思い出にしたいなら、最初から言えよ」
わたしは何が起こったのか分からなかった。
「……ひゃい?」
思わず漏れる、間抜けな言葉。バカ面を晒していたであろうわたしは、先ほどの言葉を理解するまで、何秒もの間ずっとフリーズしていた。
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