息を吐くように Gaku
結局あの後、夜見川は上城さんを家まで送っていった。
二人が帰ると、部屋が静かになった。さっきまでの王様ゲームに興じていた熱気が嘘みたいだ。ポッキーの空き箱が床の上に転がっていて、それを眺めていると一生記憶に残り続ける箱なんだろうなと思う。
志穂の家は相変わらず広くて豪華で、クッションの山に囲まれた部屋が、今はなんだか特別な空間に思える。
俺が床に座ったままジュースの空き缶をもてあそんでいると、志穂がベッドに腰掛けてクスクスと笑いはじめる。
「ふふ、楽しかったね。亜衣ちゃん泣いちゃうなんて想定外だったけど。夜見川君の初キスって、相当衝撃だったのかな?」
志穂の言葉に、俺は苦笑いする。あの瞬間、みんな固まっちゃったよな。まさかあんなに高速で上城さんがポッキーを食べ尽くすとは思わなかっただろうし。
夜見川の顔は真っ赤になって、上城さんがパニックで変な声出して、言ってみりゃ軽い地獄絵図だった。それでも、なんかかわいかったよな、あの二人。
「まあ、いきなりポッキーゲームはエスカレートし過ぎだったな。夜見川の奴、普段クールぶってるくせに、唇くっついた瞬間目ぇ見開いてたぜ。あいつら、大丈夫かな? 帰り道、気まずくて沈黙続きなんじゃないの? それでもちゃんと送っていくってあたりが夜見川の真面目なところなんだけどさ」
志穂がクッションを抱きしめてニヤニヤする。多分、今の彼女はエロいことを考えている。
「まあ、あの二人なら大丈夫だよ。むしろ、いいきっかけになったかも。夜見川君、意外と優しいし、亜衣ちゃんの涙を見て、本当に責任を感じてるはず。私の作戦、大成功じゃない?」
志穂の自慢げな顔に、俺は思わず笑ってしまった。
たしかに志穂の仕組んだ王様ゲームは、いつまでもお見合い状態のあの二人を一気に近付けた。
視界に映ったポッキーの破片。俺も志穂を膝枕したのを思い出す。足の間に頭を持ってきた時には思わず身体的な反応が出そうになったけど、全力で自然体を装った。あれは危なかった。というか、志穂も無防備過ぎるだろ。
「まったく、お前もホントに悪知恵が働くよな。夜見川の奴、今頃『なんで俺が……』って頭抱えてるぜ。あいつら、絶対気まずいだろ。明日、学校で目合わせられないんじゃね?」
「大丈夫だよ。ああ見えて、あの二人にとっては願ってもないハプニングなんだから。それに、あたしがこうでもしないと何も動かずに卒業して後悔を引きずっていくだろうし」
「う~ん、後悔か。あの二人、それを感じるほど恋愛に興味なんてあるのかな?」
「あるに決まってるでしょ。だって、もう中学生だよ?」
志穂が俺の肩をクッションでポンと叩く。気持ちとしてはツッコミのハリセン代わりらしい。
「とにかくあの二人は大丈夫。きっと明日からラブラブになるよ」
「そうか。俺はあんまり想像出来ないけどな」
「出来るよ。今にポッキーなんていらなくなるんだから」
そう言って志穂もポッキーをストローのようにくわえて、蚊みたいにこっちへ向けてきた。
「そうだな。俺たちも、ポッキーなんて必要なくなったもんな」
志穂の手からポッキーを取り上げると、そのまま唇を重ねた。
「ゲームが成立しないよ?」
そう言う志穂は、ちょっとふてくされた顔で抗議する。
「いいんだ。別に俺たちのは遊びなんかじゃないんだから」
夜見川たちがいれば決して発しないセリフでも、志穂と二人っきりの時では息を吐くように言えた。
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