巻き込まれる男 Shou
休み時間に本を読んでいると、級友の
「夜見川、ちょっといいか?」
「なんだよ、急にかしこまって」
クラスではリーダー的な立ち位置にいる岳も、俺からすればただの幼馴染みだ。そのせいで岳を名字ではなく下の名前で呼んでいるが、事情を知らないクラスメイトからは時々驚かれる。
岳はどう話すか迷っているような素振りを見せてから口を開く。
「あのさ、ちょっと女子の植村さんから誘われていてさ……」
「そうか。お幸せに」
「待て、速攻で結婚エンドにして終わらせるな」
岳は咳払いをしてから続ける。
「その、月美津峠まで肝試しに行こうって言われているんだ」
「そうか。じゃあ行ってくればいいんじゃないか」
「それでな、お前も一緒に来ないかって植村さんに言われているんだよ」
「はあ?」
意味が分からない。植村さんが岳を好きなら、岳と二人だけで行けばいいじゃないか。なんで俺が二人のデートに付き添わないといけないんだ。
そんな俺の心理を見透かしてか、岳が説明を続ける。
「計画だと男女ペアの二組で肝試しをするんだってよ。それで俺は植村さんと組んで、もう一人の女子がお前と組むんだってさ」
「えー」
「まあ、そう言うなよ。植村さん、かわいいだろ? 中学生最後の思い出作りにも、どうにか付き合ってやれないか?」
植村志穂か。クラスの男子に人気のある女子。彼女は俺に興味なんて無いはずだけど、一体どういう風の吹き回しだ?
そう思った時に、ふと疑問が浮かんだ。
「ちなみに、もう一人の女子って誰なんだ?」
男女ペアが二組なら、女子もメンバーは二人いるはずだ。男子は岳と俺という珍妙な組み合わせだけど、女子の方はどうなのか。
「聞いて驚け。女子のもう一人はな、
上城亜衣――ついさっき、目が合った女子生徒。植村志穂ほどでの人気はないけど、顔立ちが整って性格も大人しいので、上城のことを好きな男子も多くいると聞く。
「そうか、そりゃ意外な組み合わせだな」
「そうか? あの二人はクラスでもとりわけモテるから違和感もないだろ」
「なんて言うか、水と油って感じもするけどな」
彼女たちをあえて他の何かにたとえるなら、ドラクエに出てくるビアンカとフローラか。もちろん、おとなしめの上城がフローラに該当する。
だけど、言ってから俺と岳の関係も似たようなものだなと思い直した。明るく誰とでも仲良くなれる植村に、落ち着いている上城。お互いの足りないところを補完し合う関係なのかもしれない。
そんな俺の思いも知らずに、岳は話を続けていく。
「たしかにあの二人は性格が違うが、どっちも美少女なのには変わりない」
「ああ、まあな」
「だから夜見川よ、ここで男にならないか」
「いや、ただの肝試しだろ?」
「そう言うな~お前。な? 悪い思いはさせないからさ、ちょっとぐらい付き合ってくれよ」
酔っ払いみたいな口調で岳は俺の肩を抱きかかえる。それなのに目つきは嫌に真剣だった。
「もしかして、お前……」
「おおーっと、それ以上は言うな。野暮ってもんだぞ、夜見川」
岳は両手で俺の口を押さえる動きをしながら、大げさに左右へ首を振る。そのリアクションで、鈍感な俺でも岳の言わんとするところが分かった。
二人の女子のうち、どちらかを岳は好きみたいだ。だからこそわざわざこんな回りくどい手を使って男女で遊びに行こうとしているわけだ。そうでもないと俺ごときがそのようなイベントに呼ばれるとは思えない。
「ちなみに、どっちがお目当てなんだ?」
「さあ、どっちだと思う?」
急に少しも興味のないクイズが始まる。当の出題者は楽しそうに答えを待っていた。このまま邪険にするのもかわいそうなので、少し付き合ってあげることにした。
さて、岳のお目当ては植村志穂か、それとも上城亜衣か。
岳と植村が肝試しの約束をしたのであれば、普通に考えたらこの二人が両想いということになりそうだ。だが、そこにわざわざ部外者の俺を入れてくるということは、本当の狙いは上城なんじゃないか。
「もしかして、上城の方か」
「正解だ、友よ」
岳が口角を上げる。正解したのに少しも嬉しくないのは気のせいか。
「意外だな、なんか。お前の性格からして、いかにもクラスのアイドルみたいな女子が好きだと思ってたが」
「そいつは偏見だぞ。あれだけかわいいのに、自分からは前に出ず一歩引くその奥ゆかしさ。実に惹かれるじゃないか」
「そうか。まあ、そうなんだな」
だんだん面倒くさくなってきた。この会話が聞こえている奴もいるだろうし、それならお前が上城だけ誘えばいいじゃないかと思ったが面倒くさいので結局口を閉ざしている。
「そういうわけで、俺を助けると思って、どうか頼む。一生のお願いだ。この俺を漢にしてくれ」
「……分かったよ」
ここまで言われると、さすがの俺でも了承せざるをえなかった。周囲から視線も集まりだしていたし、これ以上目立ちたくない。
「ありがとう夜見川。この恩は一生忘れない!」
「そうか。それじゃあ大人になったら利子をたっぷり付けて返してもらうからな」
せめてもの抵抗は、浮かれる岳には届いていないようだった。ひとまず妙なきっかけで、俺は肝試しに参加をすることになった。
「めんどくせえな」
本音が思わず漏れる。その言葉は、一人張り切る岳には届いていないようだった。
少なくともこの時の俺は、中学生最後の思い出作りになんて、少しも興味が無かった。
思い出か。そんなものを残したところで、一体何になるというのか。決して口にされない想いは、秋風に乗って消えていく。
俺は意味も無く、青空に浮かんだ白い月を眺めていた。
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