肝試しの計画 AI

 ――二十五年前。


「ねえ、亜衣ちゃん。月美津峠つきみつとうげの幽霊って知ってる?」


 高校受験を控えた二学期が始まって早々に、植村志穂ちゃんが話しかけてきた。肩まで伸びた髪をいじくりまわしていたわたしは手を止める。


 見た目がかわいい上にちょくちょく子犬みたいなテンションになるせいか、志穂ちゃんは男女ともに人気がある。夏休みが明けて髪が少し茶色くなった気がするけど、先生から注意されないギリギリのラインで留めているあたりはさすがだと思う。


「幽霊の話? わたしは全然知らないけど」

「えーそうなの? 女子ならその話はみんな知ってると思ったんだけど」

「はあ……」


 わたしはすでに、彼女の話についていけなくなりかけている。そんなわたしに気付いたのか、志穂ちゃんが頼んでもいないのに月美津峠の幽霊について説明をはじめる。


月美津峠つきみつとうげってあるでしょう?」

「うん。あの、海の近くの……?」

「そうそう。なんでもね、峠のすぐ近くの海で身投げしたカップルがいてね、あることをするとその幽霊に出会えるんだって」

「あること?」


 内心「くだらないな」って思ったけど、子供の夢を壊すのもかわいそうだと思ったので志穂ちゃんの話に合わせてみる。


「うん。なんかね、男女で恋人同士が持つような物を持っていけばいいみたい。たとえば、ブレスレットとか、ペアリングみたいな」

「それを持っていくと会えるの?」

「そうなの。身投げしたカップルは禁断の恋だったか何だかで、そういう二人で一つになるようなアイテムがあると幽霊が出てくるらしいんだよね」

「アイテムって……それって、結ばれなかったカップルにケンカを売りに行ってるだけじゃなくて?」


 アホくさと思いながら聞いてはいたけど、結ばれない恋で身を投げたカップルに結ばれた男女が会いに行くなんてデリカシーが無さすぎない? いや、幽霊なんて信じてないけど。


「あ、それもそうかもね」


 志穂ちゃんは今それに気付いたようだった。うん、君もなかなかヤバいよ。肝心の志穂ちゃんはすぐにどうでもよくなったようで、話を続ける。


「ほら、あたし達もそろそろ受験じゃない」

「うん」

「高校に行ったら離れ離れになる可能性もあるからさ、ここで思い出作りでもしておこうかな、なんて」

「思い出作り、ねえ……」


 たしかに、わたしと志穂ちゃんだと志望校が違うから別々の高校へと進んでいく可能性が高い。だからこそ卒業前に思い出作りをしておきたいって言われたら悪い気はしないけど……。


「でも、その……肝試しみたいな感じじゃなくても良くない?」


 わたしは率直な意見を言った。それだったら舞浜の方にある夢の国へ行った方がずっと楽しそうだし。


「それがさ、あたしにもちょっと考えがあって」


 志穂ちゃんはあたしの耳元で囁きはじめる。


「そのね、この肝試しってさ、竹川君も呼んであるの」

「竹川君って、あの竹川岳君?」

「ちょっと亜衣ちゃん、声が大きいっての。とにかくさ、今回の肝試しに竹川君を呼んで、彼にアタックしてみようと思ってるんだよね」

「アタックって……」


 志穂ちゃんが言っているのは、竹川君に告白するということだろう。そうか、それでわたしに声をかけて……。


「でも、それならもっと楽しい夜を過ごした後の方が良くない?」


 わたしは率直な疑問を口にする。すると志穂ちゃんは「チッチッチ」と口元で指を左右に動かす。


「分かってないなあ、亜衣ちゃんも。これは吊り橋効果ってやつだよ」

「吊り橋効果?」

「そうそう。簡単に言うとね、お化け屋敷とかにカップルで行くと、怖いドキドキと恋のドキドキを勘違いしちゃうんだよね。それで普通にデートするよりも二人の仲が急接近しやすいっていう話」


 志穂ちゃんは得意げに作戦を明かした。彼女が竹川君を好きなのは知っていたけど、そんな簡単に上手くいくものなのだろうか?


「それなら志穂ちゃんが竹川君と二人で行けば良くない?」


 わたしが正論で返すと、志穂ちゃんが急に頭を下げる。


「お願い、亜衣ちゃん。そこを何とか助けて下さい! 竹川君には亜衣ちゃんも来るからって言って了解をもらってるから」


 教室の視線が集まり出して、わたしは焦る。秘密の打ち合わせになってないじゃん。


 だけど、当の志穂ちゃんは頭を下げたまま動かなかった。他の人は文脈も知らないから、これじゃあわたしが志穂ちゃんに謝罪させているみたいだ。


「わ、分かったからさ、一旦落ち着こう? ね?」


 わたしが慌ててとりなすと、顔を上げた志穂ちゃんが半笑いになっていた。なんか、嫌ば予感……。


「そうだよね。亜衣ちゃんはとっても心の優しい女の子だもんね。亜衣ちゃんならきっと助けてくれるって信じてたよ!」


 そう言って志穂ちゃんがわたしに抱きつく。いつも明るいせいか、周囲のクラスメイトも「なんだ気のせいか」とばかりにわたし達から注意を外していく。なんだか、上手く丸め込まれた気がする。


「それにさ、その月美津峠って恋の神様がいるとも言われているんだよね」

「なにそれ」


 また急にうさんくさい話が出てきた。


「なんでもね、人の恋路を邪魔する幽霊の他に、結ばれなかった恋人たちを哀れに思った神様が大好きな人を引き合わせてくれるっていう伝説もあるの」

「そんな虫のいい都合ある?」


 わたしはちょっと呆れながら訊く。だけどさすがはポジティブ志穂ちゃん、少しも伝説の信憑性を疑っていない。


「だってだって、それぐらいロマンチックな話があるぐらいの方がステキじゃん?」

「まあ、そう……そうなの、かな?」

「そうに決まってるよ。よし、決まり。あたし達二人とも、このイベントで恋に燃え上がろう。お~!」

「おー」


 めんどくさいのでとりあえず同調するけど、かなり棒読みの答えになった。まあ、志穂ちゃんは喜んでるからいいか。


「それじゃあさ、日程が決まったらまた教えるから。楽しみに待っていてね」

「……メンバーはわたしと志穂ちゃんと、あとは竹川君の三人?」

「いや、もう一人男子を呼ぶよ。まだ誰になるかは分からないけど」


 志穂ちゃんがサラッと言うので、わたしはしばらくボーっとしてから「え? もう一人来るの?」と訊いた。


「一応夜に歩くわけじゃない? わたしと竹川君がペアになったのに、亜衣ちゃんが一人だとさすがに危ないっていうかさ、一応何かあった時のために男子がもう一人必要だよね」


 ああ、そうか。吊り橋効果を狙うんだったら志穂ちゃんと竹川君が二人っきりにならないと効果が望めないもんね。それに、わたしだけ現地で一人肝試しなんて流れになったら罰ゲームにもほどがある。


「で、亜衣ちゃんは誰と行きたいの?」


 今度は志穂ちゃんがいたずらっぽい顔になる。誰と行きたいかってことは、つまりわたしが誰のことを好きかってことだもんね。


 ただ、そういう対象の男子はまだいないのかなとも思っていた。たしかに竹川君をはじめとして、モテるタイプの男子が何人かいることは間違いないんだけど。


「うーん」


 視線をさまよわせていると、壁に寄りかかっている一人の男子と目が合った。夜見川翔よみがわ しょう君。休み時間に本を読んでいるような、ちょっと大人しめの男子だ。


 夜見川君はわたしと目が合うと、ちょっとだけびっくりしたような顔になって下を向いた。それを見たわたしは、なんとなしに彼をからかってみたい気分になった。


「彼なんかどう?」


 わたしが遠慮がちに指さすと、志穂ちゃんは意外そうな顔で答える。


「えー夜見川君? なんかもっと人気のある男子を選ぶと思ってたけど」

「別にわたしは肝試しでカップルになりたいなんて思ってないし」

「そうは言うけどさ、彼、大丈夫かな? 出発前に大人へ相談して、肝試しそのものが中止にされそうな気もするんだけど」


 夜見川君を大して知らない志穂ちゃんが失礼全開の憶測をつぶやく。夜見川君を選んだのは大した理由じゃないのに、こうやって反対されると不思議なもので、意地でも彼をメンバーへと加えたくなる。


「彼はそんなことしないよ。それに、誰と行きたいか訊いたのは志穂ちゃんじゃない」


 わたしがそう言うと志穂ちゃんは一瞬だけ目が点になって、時間差でニヤニヤとした笑いを浮かべる。


「あーそうですかー。なるほどね、亜衣ちゃんはああいう人がタイプなんだねえ?」

「いや、それは……そうじゃなくて、何て言うか、夜見川君あたりなら大して害もないだろうなって思っただけだよ」


 自分でそう言ってから、わたしも結構ひどいことを口にしているなと思った。夜見川君に聞こえていないだろうかとチラ見すると、すでに彼はあさっての方向を見ていた。


 視線を戻すと、小悪魔というよりはゲスっぽい笑みを浮かべた志穂ちゃんがこちらを見ていた。


「まあ、亜衣ちゃんはあたしの親友だし? あたしの人脈を使って、夜見川君を取り込むことだって出来るけど?」

「志穂ちゃん、さっきから悪役みたいになってるよ」


 わたしがツッコむと、志穂ちゃんが悪代官のような笑みを浮かべたまま口を開く。


「まあ、あたしに任せておきなさい。あたしの人脈とこの計画があれば、ダブルデート成功間違いなし」

「あの……肝試しじゃなかったの?」

「とにかく、続報はすぐポケベルで送るから。亜衣ちゃんは大船に乗ったつもりで待っていてね」


 そう言って一人で勝手に盛り上がった志穂ちゃんはどこかへ向かった。なんだったんだ、一体。


 とはいえ、あんまり目立たない夜見川君をわたし達の肝試しに参加させるなんて可能なのだろうか。自分で言っておいて、もうちょっとハードルの低い人選にしてあげれば良かったなと思う。


 夜見川君を見ると、いつものように何かの本を読んでいた。本好きの大人しい少年。そんな彼が、どちらかと言えばヤンチャな遊びに参加することなんてあるのかな?


 まあ、別に夜見川君じゃなきゃダメな理由なんて何も無いし、彼が断わったらもうちょっとノリのいい男子に頼もう。


 わたしだってクラスでモテていることぐらいは知ってるんだから。あとは気長に待っていよう。

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