過ぎゆく時に AI

 お店に入ると、中は温かみのある木材で仕上げたオシャレな造りだった。壁には水彩画がかけられていて、白い造花まで置いてある。


「当たり前だけど、前とは似ても似つかないね」

「そりゃそうだ。前は駄菓子屋だったからな」


 そう言うと、竹川君はウエイターに自分の名前を告げて予約席へと向かって行く。わたし達の席は、店内の奥にある個室だった。


「昔話も色々あるからさ、誰にも聞かれない場所がいいと思ったんだ」


 わたしの思考を読んだように竹川君が説明した。奥の部屋には四人掛けのテーブル。そこにわたし達は三人で陣取る。


席に着くと、さっそくとばかりに志穂ちゃんが口を開いた。


「それにしても本当に久しぶりだよね。その……旅に出ている間は何をしていたの?」

「世界の色んなところを回っていたよ。遺跡だったり、静かな田舎だったり。都会には行かなかったかな。お酒も飲んだりはしないし」

「そうか。その辺の話もゆっくり聞いてみたいところだな」


 その辺は正直あんまりツッコんでほしくないんだけどな。わたしの脳内に言えるはずのない本音がテレビのテロップみたいに流れていく。


「とりあえず何か頼もうぜ」


 竹川君がオーダーをはじめる。最初からお酒を頼むのを見て、やっぱり彼も大人になってしまったんだなと思った。


「そう言えば、もう息子さんも十五歳なんだっけ?」


 わたしは先ほどに聞いた話題に触れてみる。この二人が結婚したのは全く不思議ではないけど、それでも子供がすでに十五歳と聞かされると変な感じがした。あの時のわたし達と同じ年齢。それを思うと、なんとも言えない気分になる。


「そうなの。写真見てみる?」


 話を振られた志穂ちゃんが嬉しそうにケータイを開く。最新式の画面には、昔の竹川君とよく似た美少年が映っていた。


「うわ、そっくりだね」

「でしょう? 愛に翔ぶって書いて愛翔あいとって読むんだよ」


 愛翔君か。なんだか、彼の名前を思い出すな。


「やっぱり、その名前は夜見川君から?」

「え……? ああ、まあ、そんなところだ。さすがに鋭いな」


 竹川君は変な汗をかいていた。どうしたんだろうと思っていると、注文したワインが来た。わたしはお酒を飲めないので、二人がワイングラスを持つ。


「それじゃあ、とりあえず久しぶりの再会に乾杯」


 そう言って竹川君はグラスに口をつける。みるみるワインは半分以上無くなっていった。


「ちょっと、ビールじゃないんだからさ」

「いいんだいいんだ。今日はめでたいんだから」


 志穂ちゃんにたしなめられて、竹川君が開き直る。いつかと変わらない光景に、思わずわたしは笑ってしまった。


「今さらだけど、結婚式に行けなくてごめんね」

「いいんだよ。だって亜衣ちゃんだって事情があっただろうからさ」


 そう言う志穂ちゃんは、その言葉通りにわたしの不義理をどうとも思っていないようだった。彼女のこういうところにわたしは何度も助けられてきた。


 結婚式に行けなかったのは本当のことだけど、行けなかった理由については答えることが出来ない。わたし自身が説明出来ないし、おそらく話したろころで信じてもらえないと思う。だから放っておこう。


 お酒を交えながら、二人が結婚してから今に至るまでの流れを聞いた。就職して割とすぐに結婚した二人は、すぐに一人息子の愛翔君を授かった。というか、子供が出来たのが分かったから結婚を急いだというのが本当のところらしい。


「いやあ、あの時は焦ったよな。志穂と結婚するのは間違いないとはいえ、その前に子供が出来たんだもん。もう、志穂の両親にどうやって説明したらいいんだって夜も眠れなかったからなあ」


 そう言って竹川君は笑う。順序はたしかに逆かもしれないけど、竹川君が旦那さんだったらご両親も安心だったんじゃないかなとは思った。いわゆるクラスの人気者でもあったし、ナチュラルに頼れる要素を持っていたから。


 愛翔君は父親に似て、クラスのリーダー的存在になっているらしい。本当は野球をやらせたかったらしいけど、愛翔君はサッカーを選んだとかで、そこは親子でも色々違うんだなと思いながら話を聞いていた。


「あのさ」


 二人もお酒が回ってきた頃に、わたしはずっと気になっていたことを訊こうと思う。


「夜見川君のことって、教えてもらえるかな?」

「……そうか。そうだな。上城かみじょうさんにも知る権利があるもんな」


 わたし達の席は冗談のように静かになる。しびれを切らしたように竹川君が口を開く。


「俺も現場にいたわけじゃないから本当のことなんて分からないんだけど、あれは不幸な事故だったんだ。もちろん、君も知ってるとは思うけどさ」


 言葉を選んでいるように見える竹川君を、志穂ちゃんがどこか心配そうに見守っていた。


「……なあ、あの時のこと、憶えていないのか?」

「いや、全然。気付いたら、わたしも気を失っていたから」


 あのことを思い出そうとすると、途端にビリっと頭に電気が走ってその先へ行けなくなる。心の防御反応で当時の記憶を封印しているのかは知らないけど、時間の経過とともにあの事件のことを思い出すのが困難になっていた。


「あの話って、本当なの?」

「ああ、本当だ。残念だけど」

「そう」


 あらためて聞かされると、何とも言えない気持ちになってくる。夢だと思いたかったけど、彼の姿はもう見れないらしい。


「いい奴だったよ。いつでも、仲間のことばかり考えて、自分のことなんかそっちのけにしていた」

「うん」

「車の事故だった。場所が場所だっただけに色んな憶測も流れている。中には自殺だったんじゃないかって言ってる奴もいる。だけど、俺の知る限りあいつは自殺なんてするタイプじゃない。なんて言うか……あいつは、罪を背負って生きていくタイプの人間だ」

「うん」

「だから、あれはきっと不幸な事故だったんだよ。どっちにしても夜見川は帰って来ないけど、それでも俺はあいつのことを信じたい」


 竹川君がそう言うと、またわたし達は静まり返った。他にも訊きたいことはいくらでもあった気がするけど、夜見川君に二度と会えないのかと思うと、そっちの方がなんとも言えない気分になった。覚悟はしていたはずなのに。


「いい人だったよね、夜見川君」


 志穂ちゃんの言葉で現実に引き戻される。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 視線を落とすと、小さな月の意匠が付いたペンダントが映った。あの時から、片時も手放したことはない。それは祈りでもあり、呪いでもあった気がした。


 夜見川君。大好きだった夜見川君。


 二十五年経ったと言われている今でも、あの時の日々は昨日のことのように鮮明に思い出せる。


 わたしは静寂の中で目を閉じ、暗闇の中で記憶を辿った。

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