十五年前 ─稀有な悪魔─

      ─十五年前─


 恐山の中腹。


 凶悪な魔物がはびこる森の奥。少し拓けた広場の中心に、禍々しく折れ曲がった大きな樹があり、その樹の下に古びた祭壇があった。


 ある日、ひとりの男が現れ、おくるみに包まれた嬰児を祭壇に捧げた。


 男は少し離れた物陰に隠れて、嬰児の成り行きを見守った。程なく、コボルトやゴブリン、さらにはトロルなどの魔物が現れ、祭壇の嬰児を貪り始めた。


 しかし、次第に魔物たちは離れてゆき、祭壇からは笑い声が聴こえ始めた。また、祭壇から離れた魔物たちは、穏やかな顔つきになり、ほかの動物を襲うことはなくなっていた。


 男は嬰児が貪り喰われる様子を、たしかに観た。それでは、祭壇で笑っている嬰児は誰なのか。考えるまでもなく、見紛うはずもなく、自分が連れてきた嬰児あくまに違いなかった。


 男は再び嬰児を抱えあげて、体を見回すも傷ひとつない。不思議に思った男は、試しに嬰児の手の甲にナイフの切っ先を、ぷつり、と突き立てた。

 するとどうだ。手の甲についた傷跡が、みるみる消えてなくなったではないか。


「この子の異能は超再生⋯⋯或いは、不死?」


 男は焦った。なぜなら嬰児の最後を見守るまでは帰れないからだ。しかし、嬰児はどんなに傷つけようとも、まるで何もなかったかのように、元通りに戻ってしまう。かと言って嬰児を連れて帰るわけにもいかない。

 男は悩み、ついには嬰児を置いて逃げることにした。


 ひとり残された嬰児。


 す、と祭壇の脇から伸びてきた薄緑の手。細く長い指が、嬰児の頭を撫で、そ、と頬に触れる。


「あう〜♪」


 嬰児が柔らな頬を持ち上げて、小さな牙を見せて笑った。

 手は嬰児のおくるみの下にそっと手を差し込み、嬰児を抱えあげた。


 手の主はメスのホブゴブリン(人族に親しいゴブリン)。ホブゴブリンは少し頬を赤らめ、嬰児を慈しむように微笑んだ。


 こうして、一匹のホブゴブリンに育てられた嬰児。ホブゴブリンは家族単位のコロニーを形成し、それらが集まって、集落コロニーを形成する。


 嬰児はみるみる大きく育ち、体躯はトロルのように筋肉質で巨大、知性はホブゴブリンのそれをはるかに超え、溢れんばかりの魔力を有していた。

 自然と集落を牽引する族長リーダー的な存在となり、やがて、祭壇のある大樹一帯を統べる主となっていた。


 それがマリエルの前にいる悪魔かれだ。


 悪魔かれは、どんな魔物も敵わない『強さ』と、どんな小さな命も殺さない『優しさ』を持っている稀有な悪魔だ。


 マリエルはそれを身を以て感じていた。




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