人のかたちをした恐怖

 トロルを思わせる筋肉質で大きな体躯。黒く長い髪を分けて突き出す歪曲した角。触れただけで切れてしまいそうな鋭利な爪。下顎から上唇を押し上げて突き出した牙。縦に割れた瞳孔を極彩色を含む赤い虹彩が縁取る瞳。


 誰もが恐れ慄く悪魔の容姿がそこにあった。


『マリエル、僕たちもうダメかも知れない』

「⋯⋯」

『マリエル?』


 マリエルはチックの言葉をよそに、足を前へと進めた。


『ちょ、マリエル!? ダメだよ!』

「どうして?」

『悪魔は、悪魔だけは、どんな生き物とも相容れない存在だからさ!』


 チックがマリエルの顔の前で必死に止める。その形相は嘘をついているようには見えない。好奇心旺盛なマリエルとしては不本意であり、確かめたい気持ちでいっぱいだった。

 しかし、唯一の親友とも呼べるチックの言うことを聞かない理由もない。


「わかったわ。では先に進みましょう!」

『そうだね。この恐山の向こうに妖精の国への入り口がある。君の足なら、あと三日もあれば着くよ!』


 祭壇のある広場からしばらく行くと、草花、樹木がまるで生気のないものとなり、あれほど多様だった色彩もくすんだ色に変わっていた。生き物の気配が無くなり、閑散とした空気のなかに、肌がひりつくような殺伐とした何かを感じる。


「チック、このまま進んでも大丈夫なの?」

『だ、大丈夫⋯⋯だと⋯⋯思う』


 ガサリ⋯⋯。


『ひっ!?』

「ど、どうしたの、チック?」


 チックは辺りを見回す。が、何もない。何もないだけに、今の物音が恐ろしい。チックは警戒を強める。


『マリエル、嫌な予感がする⋯⋯さっきの場所に戻ろう!』


 妖精の勘は鋭い。チックは自分の勘をもとに、安全な道を選択して来て今に至るのだ。これまで何も無かったのだから、それを信じないわけにはいかない。

 この先へ進むのは危険だと、足早に元来た道を戻ろうとした、その先に。


「グルルフ⋯⋯フ⋯⋯」


 魔物がいた。

 人のかたちをした、何かだ。


『マリエル、ごめん!』

「ううん、とにかく逃げよう。即死しない限りは回復だって出来るんだから。とにかく逃げてみるよ!」

『ボクのせいだ! あの魔物はおそらくグール⋯⋯捕まって噛まれないように気をつけて!』

「チック、そんなのどーだっていいから逃げるよ!」


 ザッ、マリエルは走った。マリエルの足は遅い。グールは怪力で凄い勢いでマリエルの前に回り込む。

 だらしなく開いた口の端から涎が糸を引いて落ちてゆく。ポタリ、ポタリと。一本づつ、マリエルに近づく。


 後退るマリエルの前にチックが踊り出るが、グールの目には映ってはいない。


『くそう! こっちを見ろ!』


 意を決したチックがグールの頭の周囲をぐるりと旋回する。が、パシ、と腕で叩かれてべシャリ、と地面に落ちた。


「チック!?」


 グールはチラリとチックを見るが、構わずマリエルへと視線を戻した。


 後退るマリエル。前に出るグール。距離は徐々に縮まる。


 ガサリ。

 マリエルの背後から物音。


「っ!?」




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