第10話 普通とは何か会議


 会議室の扉には、でかでかと貼り紙があった。


《緊急会議:普通とは何か》


 ノアは、その文字を見て立ち止まった。


「……普通って、会議で決めるものだっけ?」


 返事はない。


 全員、すでに限界だった。


---


 出席者。


 学院長。

 研究主任。

 警備長。

 講師代表。

 事務局長。

 なぜか料理長。


「なぜ料理長が?」


「昨日、屋台が全部半額になった」


「ああ……被害者ですね」


「被害者ではない!」


 料理長は机を叩いた。


「味付けが世界に干渉され始めた!」


「深刻ですね!」


 全員、真顔。


 ノアだけが混乱していた。


---


 学院長が咳払いをする。


「議題は一つ」


 黒板に書く。


《ノアにとっての“普通”とは何か》


「俺、当事者なんですけど!?」


「参考意見だ」


「扱いが軽い!」


---


 研究主任が手を挙げる。


「まず定義から始めよう」


 黒板に書く。


《普通=ノアが何も思わない状態》


「抽象的すぎません?」


「では細分化する」


《何も思わない=刺激が少ない》


 警備長が言う。


「昨日の静寂は刺激が少なかった」


「結果、世界が停止した」


「……失敗例だな」


 ×が書かれる。


---


 講師代表。


「では、賑やかにすれば?」


「祭りになった」


「過剰だな」


 ×。


 事務局長。


「業務を平常通りに?」


「半額セールになった」


「平常じゃない!」


 ×。


 黒板が×だらけになる。


 ノアは恐る恐る言った。


「あの……」


「後で」


「発言権ないの!?」


---


 料理長が叫ぶ。


「とにかくだ!

 彼が“美味しい”と思わなければいい!」


「それは普通なのか?」


「味覚を殺すな!」


 却下。


---


 研究主任、別案。


「ノア君に基準を作ってもらうのはどうだ?」


 全員が、凍る。


「基準を……本人が?」


「……それ、世界に宣言する感じになりますよね?」


「なりますね」


 沈黙。


 学院長が言った。


「却下」


「ですよね」


---


 警備長。


「いっそ隔離は?」


「論外だ」


「彼が“寂しい”と思ったらどうなる?」


「世界が泣く」


「比喩ではなく?」


「多分、物理的に」


 全員、うなずく。


---


 ノアは、机に突っ伏した。


「俺、存在しちゃダメなやつ?」


 全員が一斉に首を振る。


「それは違う!」


「そこだけは違う!」


「断固として違う!」


 謎の一致。


---


 黒板は、もはや芸術だった。


 ×。

 ××。

 ?。

 丸してすぐ×。


 料理長が泣き出す。


「……じゃあ、普通って何なんだ……」


 学院長は、遠い目をした。


「……わからん」


 研究主任がまとめる。


「結論」


 黒板に大きく書く。


《普通:未定(保留)》


「会議とは」


「こういうものだ」


 ノアは手を挙げた。


「じゃあ……」


「何だね?」


「俺、どうすればいいんですか?」


 全員、即答。


「今まで通りで」


「それが一番危険では?」


「しかし、他にない」


 ノアは肩を落とした。


「……努力しないのが正解って、初めて聞いた」


---


 会議終了。


 扉を出るとき、

 学院長がノアの肩を叩いた。


「気にするな」


「気にしますよ」


「普通はな」


「……普通ってなんですか?」


 学院長は、微笑んだ。


「分からないものだ」


 その瞬間。


 廊下の時計が、普通に動いた。


「……今、何か起きました?」


「何も」


「何も?」


「何もだ」


 全員、全力で目を逸らした。


 ノアは歩き出す。


 世界は、今日も――

 普通を探して迷走していた。

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