第9話 祭りは突然始まる


 ノアは、窓の外を見て現実逃避を始めた。


「……なんで祭り?」


 つい昨日まで、

 学院は「静かに、刺激するな、視線を合わせるな」という

 超・張り詰めモードだったはずだ。


 なのに今。


 太鼓ドンドン。

 笛ピーヒャラ。

 花火ドーン。


「学院祭じゃないよね……?」


 寮の外に出ると、答えはすぐ出た。


「見ろ! 主役が来たぞ!」

「音量、最大でいけ!」

「いや、まだ足りない!」


「やめて!? 俺を基準にするの!」


---


 学院の中庭は、完全におかしくなっていた。


 屋台が百軒以上。

 なぜか回転する噴水。

 空には浮遊する垂れ幕。


《祝・なんとなくノアが静かじゃなくなった記念祭》


「記念じゃない!」


 しかも、全員必死だ。


「もっと盛り上げろ!」

「彼の表情が曇ったぞ!」

「笑わせろ! 世界が危ない!」


 ノアは頭を抱えた。


「俺、ピエロ役なの!?」


---


 まず最初に巻き込まれたのは、屋台だった。


「ノア様! 焼き串です!」


「普通に呼んで!」


 受け取った瞬間。


 焼き串が七色に光った。


「え?」


「今のは!?」


「何もしてない! 肉焼いただけ!」


 屋台の親父が震える。


「……肉が、進化した……」


「進化しなくていい!」


 次の屋台。


「くじ引きです! 一等は伝説の剣!」


「いや、いらな――」


 引いた瞬間。


 全てのくじが一等になった。


「え?」

「え?」

「え?」


 客が殺到する。


「ノアが引いた!」

「当たりが増えた!」

「確率が壊れた!」


「確率を壊すな!」


---


 ステージでは、即席劇が始まっていた。


「さあ! ノア様を讃える即興劇です!」


「聞いてない!」


 役者が叫ぶ。


「魔王が現れたぞ!」


 魔王役が登場――した瞬間。


「……あ、やっぱ無理です」


 魔王役、土下座。


「ごめんなさい!」


「俺、何も言ってない!」


 観客が拍手喝采。


「さすがノア様!」

「存在だけで魔王を折った!」


「折ってない! 心が弱かっただけ!」


---


 空では、花火が暴走していた。


 ハート。

 星。

 なぜかノアの顔。


「誰の許可!?」


 研究主任が叫ぶ。


「世界が自主的に!」


「自主的にやるな!」


 学院長は胃を押さえながら言った。


「……とにかく、彼を楽しませろ」


「基準が分かりません!」


「分からないから困っている!」


---


 その頃ノア。


 ベンチに座って、ぐったりしていた。


「……もう、疲れた」


 その一言で。


 祭りのテンションが一段階下がった。


 太鼓が弱くなり、

 花火が小さくなり、

 屋台が控えめになる。


「……あれ?」


 ノアは目を瞬いた。


「もしかして……俺の気分、反映されてる?」


 誰も答えない。


 全員、全力で目を逸らした。


---


 ノアは、深くため息をついた。


「……じゃあさ」


 全員、固唾を呑む。


「普通でいいよ。

 無理に盛り上げなくていい」


 世界が、迷った。


 太鼓が止まるか止まらないかの瀬戸際。


 そして――


 屋台が一斉に半額になった。


「そこは引くんじゃないの!?」


 観客、歓声。


「半額最高!」

「普通ってこういうことか!」


「違う! 解釈がズレてる!」


 ノアは笑ってしまった。


「……もういいや」


 その笑顔に反応して、

 花火が一発、優しく上がった。


 派手じゃない。

 でも、きれいだった。


「……これくらいで、いいんだよ」


 世界は、その言葉を――

 少しだけ、理解した気がした。


 たぶん。

 ほんの、一瞬だけ。

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