第7話 本人だけが知らない真実


 ノアは、自分の部屋で頭を抱えていた。


「……俺、何した?」


 昨日からずっと同じ結論にたどり着く。


 何もしていない。


 魔法は使えない。

 剣も振れない。

 威圧感もない(自称)。


 なのに。


「廊下で生徒が道を空けるの、やめてほしいんだけど……」


 扉の外で、ざわざわと声がする。


「近づくなよ」

「視線を合わせるな」

「昨日、魔獣が逃げたらしいぞ」


 ノアはベッドに倒れ込んだ。


「俺、伝説の魔王かなにか?」


 違う。

 本人だけが、違う。


---


 その頃、別室。


 学院長、研究主任、警備長、外部顧問――

 全員、顔が真剣だった。


「再確認する」


 学院長が言う。


「ノア・リーヴェンの魔力量は?」


「測定不能です」


「ゼロ、では?」


「いいえ。

 存在しない、が正確です」


 空気が凍る。


 研究主任が続ける。


「魔力は通常、体内に“流れ”があります。

 彼には――流れそのものが観測されない」


「……欠損ではないのか?」


「違います。

 初めから、枠の外にいる」


 警備長が腕を組む。


「それで、魔獣が逃げる理由は?」


 研究主任は、黒板に円を書いた。


「仮説です」


 円の外に、点を一つ。


「世界は、一定の法則で回っています。

 魔獣も、人も、魔法も」


 その点を指す。


「彼は――

 計算式に入っていない数値」


 沈黙。


「……つまり?」


「近づくと、

 未来予測が崩れる」


 全員が、息を飲んだ。


---


 一方その頃。


 ノアは、食堂で昼食を取っていた。


「今日のスープ、薄くない?」


 スプーンを傾ける。


 隣の生徒が、青ざめた顔で立ち上がった。


「……薄い……?」


 次の瞬間。


 厨房から、悲鳴。


「うわあああ! 塩、全部落ちた!」


 食堂が騒然。


 ノアはスプーンを持ったまま固まった。


「……え?」


 周囲の生徒が、一斉に距離を取る。


「言ったぞ」

「まただ」

「日常干渉型……!」


「ちがう! 俺、文句言っただけ!」


 誰も聞いていない。


---


 午後の講義。


 座学「世界法則論」。


 講師が黒板に書く。


「この世界は、因果律に従って――」


 チョークが、折れた。


「……失礼」


 持ち替える。


 また折れる。


 三本目。


 粉々。


 講師は、ノアを見た。


「……君、何か考えたか?」


「え?

 板書、長いなって……」


 講師は、静かにチョークを置いた。


「休憩にしよう」


 ノアは机に突っ伏した。


(俺のせいじゃないよね……?)


---


 夜。


 研究棟地下。


 立ち入り禁止区域。


 結界の奥で、古い装置が起動していた。


「再測定、開始」


 水晶に、波紋が広がる。


 数値――表示されない。


「……やはり」


 学院長は、低く言った。


「彼は“空白”だ」


「世界が埋めようとしている?」


「あるいは――

 書き換えられない余白」


 警備長が尋ねる。


「危険か?」


 学院長は、首を横に振った。


「本人に、その気はない」


 一拍。


「だからこそ、危険だ」


---


 同じ頃。


 ノアは、寮の自室でくしゃみをした。


「へくし」


 窓の外で、雷が落ちた。


「……季節外れだな」


 ベッドに潜り込む。


「俺、明日は静かな一日がいいなあ」


 その言葉は、

 世界にとって一番やっかいな願いだった。


 闇の奥で、

 何かが――目を覚ます。


 本人だけが、

 何も知らないまま。

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