第6話 世界は君を見ている


 ノアは、なぜか学院の正門前に立っていた。


 隣には、筋骨隆々の男。


「よろしくな、ノア」


「……えっと、どちらさまですか?」


「冒険者のガルドだ。

 今日からお前の“同行監視役”を任された」


「監視」


「学院長の言い方だと

 『被害が学院外に出る前に確認』らしい」


「俺、災害扱いされてません?」


 ガルドは笑った。


「大丈夫だ。

 街一つ吹き飛ばすやつは、もっと無表情だ」


 安心できない。


---


 任務内容は単純だった。


 魔獣出没の調査。


「戦闘は俺がやる。

 お前は後ろで見てろ」


「助かります」


 森に入ってすぐ、異変は起きた。


「……静かすぎないか?」


 ガルドが眉をひそめる。


 風がない。

 鳥の声も、虫の音もない。


 ノアは思った。


(皆、隠れてるのかな)


 ――正確には、

 全員、気配を消していた。


 少し進むと、魔獣が現れた。


 巨大な狼型。

 学院指定危険度「B+」。


「来るぞ!」


 ガルドが剣を抜く。


 魔獣が吠え、魔力が膨れ上がる。


「お前は下がれ!」


「はい!」


 ノアは素直に下がった。


(ガルドさん、無事だといいな)


 その瞬間。


 魔獣の足が、もつれた。


「――ギャウ!?」


 転倒。


 地面に顔から突っ込む。


「……は?」


 ガルドの剣が止まる。


 魔獣は起き上がろうとして、

 また転ぶ。


「ギャ、ギャウ……?」


 完全に混乱していた。


「……なんだ、これ」


 ノアは首をかしげる。


「ぬかるんでたのかな」


 ぬかるんでいない。


 地面は乾いている。


 ガルドは、剣を構え直した。


「……まあ、いい。倒す!」


 突撃。


 剣が振り下ろされる――直前。


 魔獣が、伏せた。


「……降参?」


「ギャウ……」


 完全に戦意喪失。


 ガルドは剣を下ろした。


「……なあ、ノア」


「はい」


「今、何考えた?」


「え?」


 ノアは正直に答える。


「ケガ人、出ないといいなって」


 ガルドは、遠くを見る目になった。


「……そうか」


---


 任務は、それだけでは終わらなかった。


 帰路、別の魔獣の群れに遭遇。


「今度は多いぞ!」


「数、減らせたらいいですね」


 ノアがぽつり。


 ――次の瞬間。


 魔獣たちが、自然解散した。


「え?」


「帰った?」


「……帰ったな」


 理由:

 なんとなく嫌な予感がしたから。


 ガルドは、ノアを見る。


「なあ……」


「はい」


「お前、自分が見られてる自覚あるか?」


「誰にですか?」


「世界に、だ」


 ノアは笑った。


「大げさですよ」


 そのとき。


 空が、ほんの一瞬だけ歪んだ。


 ガルドは見逃さなかった。


「……はは」


「?」


「いや、なんでもない」


 王都に戻ると、すでに噂が広がっていた。


「魔獣が逃げた?」


「討伐なしで?」


「同行してたの、あの研究生だろ?」


 ノアは耳を塞ぎたくなった。


(俺、何もしてないんだけど……)


 学院に戻ると、

 教員たちがずらりと並んでいた。


「無事だったか」


「はい」


「被害は?」


「ありません」


 教員たちがざわつく。


「B+指定区域で?」


「はい」


 学院長が、静かに言った。


「……報告書は?」


 ガルドが答える。


「魔獣、全撤退」


「理由は?」


 ガルドは一拍置いて、


「……本人が後ろにいたからです」


 ノアは慌てる。


「違います! たまたまです!」


 学院長は、深く息を吸った。


「ノア・リーヴェン」


「はい!」


「君は、

 世界にとっての“変数”だ」


「変数……?」


「計算できない存在という意味だ」


 ノアは考え込んだ。


「……迷惑ですか?」


 沈黙。


 そして、学院長は言った。


「いや」


「?」


「目が離せない」


 ノアは頭を抱えた。


「静かに学院生活、送りたいだけなのに……」


 その願いに、

 世界は――


 笑うように、応えなかった。

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