第5話 魔法至上主義の壁
王立魔法学院には、暗黙の了解がある。
魔法がすべて。
使えない者は、下。
強い者は、正義。
そして――
魔法を使えないのに在籍しているノアは、
完全に「理解不能枠」だった。
「なあ、聞いたか?」
「また実験棟の魔法止めたらしいぞ」
「結界も反応しなかったって」
「……あいつ、災厄じゃね?」
ノアは、廊下の端を静かに歩いていた。
(静かに過ごそう……今日は静かに……)
だが、世界は彼を放っておかない。
「おい」
低い声がした。
振り返ると、上級生が三人。
全員、ローブの装飾が派手だ。
「魔力ゼロのくせに、特別研究生だって?」
「あ、はい」
「ふざけてるよな」
ノアは困ったように笑う。
「たぶん、手違いです」
「だろうな」
次の瞬間、魔法陣が展開された。
「軽く試してやるよ」
「え、試すって――」
「安心しろ。殺しはしない」
(その言葉が一番安心できない)
見世物のように人が集まる。
「やめなさい!」
エルシアの声が飛ぶが、遅い。
「風刃、低出力!」
上級生の魔法が放たれる。
「わっ!」
ノアは思わず目を閉じた。
(当たらないで……!)
――風が、消えた。
「……は?」
「今の、見た?」
「魔法……消失?」
上級生は青ざめる。
「な、なんだ!? 妨害結界か!?」
「いや、展開してない!」
ノアは目を開けた。
「あれ?」
無傷。
髪の毛一本、揺れていない。
「……偶然です」
誰も信じない。
「次だ!」
「火球!」
「ちょ、やめ――」
ノアは両手を振る。
「落ち着いて! 危ないから!」
――火球、霧散。
煙すら残らない。
「……」
「……」
「……魔法、拒否されてない?」
上級生たちの顔が、徐々に引きつる。
「くそっ! じゃあこれなら――」
「やめなさいってば!」
エルシアが割って入る。
「学院規則違反よ!」
「だったら、こいつを処分すれば――」
ノアは慌てて言った。
「処分されるほどのこと、してないです!」
その瞬間。
場の空気が、すっと冷えた。
魔法陣が、すべて消える。
周囲で発動していた生活魔法まで止まった。
「……え?」
「照明が……?」
「浮遊板が落ちる!?」
学院中が軽いパニックになる。
「ち、違う! 俺のせいじゃ――」
「完全停止……」
教師が駆けつける。
「何が起きた!?」
「ノアが……」
「いや、何もしてません!」
ノアは必死だった。
(お願いだから、これ以上ややこしくならないで……)
――魔法、復帰。
何事もなかったかのように。
沈黙。
教師は、ゆっくりノアを見る。
「……君、今日はもう部屋に戻りなさい」
「はい……」
ノアは逃げるようにその場を去った。
背後では、上級生たちが小声で震えている。
「なあ……」
「魔法が……拒絶された……」
「俺たち、世界に嫌われた?」
違う。
君たちが嫌われたわけじゃない。
ノアが「危ないからやめて」と願っただけだ。
---
その日の午後。
模擬演習場。
「今日は通常訓練だ」
教師が宣言する。
「例の研究生は、見学――」
「……いません?」
ノアは、端っこで座っていた。
「ここです」
「……まあいい。始めるぞ」
魔法が飛び交う。
派手で、華やかで、強力。
ノアは思った。
(すごいなあ……)
その直後。
魔法、全停止。
「……」
「……」
「……また?」
ノアは立ち上がった。
「え、俺?」
教師が疲れ切った声で言う。
「君、今日は“感心”しないでくれ……」
「感心もダメなんですか!?」
夕方。
ノアは学院の壁際に座り込んだ。
「魔法、使えないだけなのに……」
エルシアが隣に座る。
「いい?」
「どうぞ……」
「あなた、嫌われてる自覚ある?」
「ちょっとは……」
「安心して」
「はい?」
「魔法至上主義のこの学院で、
あなたは一番、壁そのものよ」
「褒めてます?」
「……半分」
ノアは空を見上げた。
(明日は、静かな日になりますように)
学院の塔が、微妙にきしんだ。
まるで、
「無理」
と返事をするかのように。
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