第4話 魔法が使えない特別研究生
ノアは、学院長室の真ん中で立ち尽くしていた。
「……つまり?」
慎重に言葉を選ぶ。
「俺は、不合格なんですよね?」
「そうだ」
学院長は即答した。
「ですよね」
「だが――」
学院長は一拍置いて、こう続けた。
「特別研究生として在籍してもらう」
「……はい?」
ノアの脳が、理解を拒否した。
「魔法、使えませんけど?」
「承知している」
「魔力、ゼロですけど?」
「確認済みだ」
「俺、昨日ここ爆発しかけた原因の一端ですよ?」
「むしろ主因だな」
「え、怒られてます?」
「褒めている」
「どういう評価基準ですかそれ!?」
学院長は咳払いをした。
「君は危険だ」
「ですよね!?」
「だが、放置するほうがもっと危険だ」
「理屈が怖い!」
こうしてノアは、
魔法が一切使えないのに魔法学院に残留するという、
前代未聞の事態に巻き込まれた。
---
翌日。
ノアは「特別研究生」と書かれた札を胸に下げ、廊下を歩いていた。
(これ、絶対いらないやつだよね……)
視線が刺さる。
「え、あれが……?」
「魔力ゼロの……?」
「なのに研究生?」
ヒソヒソ、ザワザワ。
ノアは背中を丸め、足早に移動する。
最初の授業は「基礎魔法理論」。
教室に入った瞬間、空気が変わった。
「……なんでいるんだ?」
「見学?」
「いや、札……」
教師が入室する。
「では授業を――」
教師はノアを見て、止まった。
「……君は?」
「ノアです。特別研究生です」
「……そうか」
納得していない顔だった。
「では、魔力循環について説明する。
魔力とは体内を――」
ノアは必死にノートを取る。
(なるほど、分からん)
隣の生徒が手を挙げる。
「先生、魔力循環がうまくいかない場合は?」
「魔力の質の問題だ」
ノアも、つい手を挙げた。
「はい」
「……君も質問か?」
「魔力が、そもそも無い場合は?」
教室が静まり返る。
「……それは、循環以前の問題だ」
「ですよね」
休み時間。
エルシアがノアを実験室に引きずり込んだ。
「いい? 今日は安全な検証だけよ!」
「昨日も、そう言ってたよね?」
「今日は“もっと”安全!」
机の上には、魔力測定器が三台。
「触るだけでいいから」
ノアが触る。
――沈黙。
「……反応なし」
二台目。
――沈黙。
三台目。
――壊れた。
「壊した!?」
「触っただけだよ!?」
「触った“だけ”で壊れるのがおかしいのよ!」
次は魔法発動実験。
「呪文を唱えて」
「分かんない」
「じゃあ、願って」
「え?」
「昨日それで世界が止まったでしょ!」
「基準が雑!」
ノアは困りながら、目を閉じた。
(何も起きませんように)
――実験室の警報が止まった。
同時に、隣の棟で暴走していた魔法装置が沈黙。
「……」
「……」
「……え?」
研究者が駆け込んでくる。
「エルシア! 装置が急に安定した!」
「こっちもよ!」
「原因不明だ!」
全員がノアを見る。
「俺じゃないよ!?」
「今、何を考えた?」
「何も起きないでほしいなって……」
「それが一番起きてほしくない結果なのよ!」
昼食時。
ノアが食堂で座ると、
なぜか周囲の魔法使いたちが距離を取る。
「爆発するかもしれない」
「いや、逆に何も起きなくなる」
「魔法が消えるって噂だ」
ノアは小さくなる。
(俺、疫病神みたいになってない?)
午後、模擬魔法演習。
「君は見学だ」
「助かります」
その瞬間、魔法陣が暴走。
「制御不能!?」
ノアは反射的に叫んだ。
「ちょっと落ち着いて!」
――魔法、全停止。
「……」
「……」
「……まただ」
教師が天を仰いだ。
「学院始まって以来だ……
魔法を使わずに、授業を壊した生徒は」
ノアは深く頭を下げた。
「すみません……」
「いや……君は何もしていない……」
その日の夜。
ノアはベッドに倒れ込んだ。
「魔法、使えないだけなのになあ……」
天井の魔力灯が、ふっと優しく光を落とす。
まるで、
「嘘つけ」
とでも言うように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます