第3話 偶然の奇跡
ノアは、学院の門の前で立ち尽くしていた。
「……帰りの馬車、まだかな」
不合格。
それ以上でも以下でもない。
魔法が使えないのだから当然だ。
むしろ、ここまで粘らせてもらっただけでも親切だと思う。
そのときだった。
――ドンッ!!
地面が揺れた。
「え?」
次の瞬間、学院の奥から黒煙が立ち上る。
「実験棟だ!」
「魔力炉が不安定だって言ってただろ!」
「結界は!? 結界は張ったのか!?」
叫び声と共に、人が走り出す。
ノアも反射的に振り返った。
爆発、炎、崩れる壁。
どう見ても、素人目にも危険だ。
(あれ、まずくない?)
学院関係者たちは必死に魔法を詠唱している。
「冷却魔法、最大出力!」
「抑制陣が追いつかない!」
「魔力が……多すぎる!」
ノアはその光景を、少し離れた場所から見ていた。
(すごいな……あれが本物の魔法か)
感心している場合ではない。
崩れた壁の向こうから、声が聞こえた。
「だ、誰か……!」
瓦礫の下敷きになった研究生だ。
まだ若い少女だった。
「待って、今助ける!」
だが、魔法は暴走中。
近づけば、巻き込まれる。
ノアの足は、勝手に動いていた。
「ちょっと! 君、下がりなさい!」
誰かが叫ぶが、ノアは止まらない。
(助かってほしい)
ただ、それだけを思った。
(魔法とか、理屈とか、どうでもいいから)
(この人が、無事で――)
その瞬間。
音が、消えた。
炎が止まり、煙が引き、
空中に舞っていた瓦礫が、ぴたりと静止する。
「……え?」
時間が止まったようだった。
魔法陣は消え、詠唱は途切れ、
世界そのものが「待った」をかけたような感覚。
次の瞬間、瓦礫はそっと地面に降ろされ、
崩壊していた壁は、なぜか元の形に戻っていた。
「な……」
「い、今……?」
「抑制魔法、誰が――」
研究棟は、完全に無傷だった。
ノアは少女のもとに駆け寄る。
「大丈夫? 動ける?」
「……は、はい……?」
少女は混乱しながらも、立ち上がった。
ケガはない。服の汚れすら消えている。
「よかった……」
ノアは心底ほっとした。
「ほ、本当に……?」
周囲は、凍りついていた。
魔法学院の教員、研究者、上級生たち。
誰一人として、何が起きたのか理解できていない。
「今の魔法反応は……」
「いえ、そもそも魔力が……検出されていない……?」
エルシアが震える声で言った。
「魔力炉は確かに暴走していた。
なのに、現象だけが“なかったこと”になっている……」
「修復魔法?」
「いいえ、それなら魔力残滓が残るはずよ!」
全員の視線が、一点に集まる。
――ノア。
「え? 俺?」
ノアはきょとんとしていた。
「いや、俺、何もしてないよ?」
正確には、何も“しているつもりがない”。
「通りすがりで……」
「願っただけ?」
「うん、まあ……助かればいいなって」
沈黙。
次の瞬間。
「……いやいやいや」
「そんな馬鹿な」
「願っただけで、魔力炉が沈静化するわけが――」
否定の嵐が吹き荒れる。
ノアは居心地が悪くなり、頭をかいた。
「やっぱり、偶然だと思うんです」
「偶然で済む規模じゃない!」
「学院が吹き飛ぶ寸前だったんだぞ!?」
「でも……俺、魔法使えませんし」
その一言で、全員が黙った。
魔力測定ゼロ。
魔法適性なし。
それは、全員が確認している事実だ。
エルシアは、ノアを見つめて呟いた。
「……魔法じゃない」
「え?」
「あなたのやったことは、魔法じゃないわ」
ノアは少し安心した。
「ですよね」
そこじゃない。
「魔法じゃないのに、
“世界の結果だけが変わっている”のよ……」
ノアは首をかしげる。
「世界って、そんなに簡単に変わるものですか?」
全員が、同時に思った。
(変わらないから困ってるんだ……!)
その日の夕方。
本来なら不合格で帰るはずだったノアは、
なぜか学院の客室に案内されていた。
「えっと……これは?」
「一時的な滞在許可だ」
「え、なんで?」
教員は目を逸らした。
「……学院として、確認したいことがある」
ノアはベッドに座り、ぽつりと呟く。
「魔法、使えないんだけどなあ……」
窓の外で、学院の結界が静かに揺れた。
まるで、
「君はもう、無関係じゃない」
と告げるように。
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