第2話 魔法学院への招待


 王立魔法学院への道中、ノアはすでに後悔していた。


(なんで来ちゃったんだろう……)


 馬車の中は、やたらと騒がしい。


「今年は豊作だぞ! この人数!」


「見たか? さっきのやつ、移動中に火球出してた!」


「試験前に魔法使うなって言われてるのにね!」


 受験者たちは緊張よりも自慢が勝っている様子だった。

 火を出した、風を操った、水を凍らせた――そんな話が飛び交う。


 ノアは黙って窓の外を見ていた。


(火球って……危なくないのかな)


 自分なら、火打石すら慎重に扱う。

 価値観が、もう違う。


 王都に到着すると、巨大な建物が視界に入った。


「うわ……」


 学院は城のようだった。

 尖塔、装飾、浮遊する水晶。

 どう見ても「魔法すごいです」と全力で主張している。


「場違い感がすごい……」


 門をくぐった瞬間、空気が違った。

 魔力が濃い――らしい。


 少なくとも周囲はそう言っている。


「うわ、魔力濃度高っ!」


「肌がビリビリする!」


 ノアはというと、


「……日当たり、いいな」


 それだけだった。


 最初の試験は「魔力測定」。

 受験者は一人ずつ、水晶球に手を置く。


 光る。

 眩しい。

 色が変わる。

 係員がどよめく。


「おお、属性二つ持ち!」


「魔力量A判定!」


 次々と盛り上がっていく中、ノアの番が来た。


「次、ノア・リーヴェン」


「はい」


 水晶球は、ひんやりしていた。

 ノアはそっと手を置く。


(反応しなくても、驚かないでほしいな……)


 数秒。


 ……何も起きない。


 光らない。

 色も変わらない。

 沈黙。


 係員が水晶球を叩いた。


「……壊れてないよな?」


「さっきまで正常でしたが」


 別の水晶球が持ってこられる。


「もう一度」


 ノアは再び手を置く。


 ……沈黙。


 今度は三つ目。


 結果は同じだった。


 試験会場が、ざわざわし始める。


「まさか……」


「魔力なし?」


 係員は咳払いをして、記録用紙に書き込んだ。


「ノア・リーヴェン。魔力量――ゼロ」


 ぴしり、と空気が凍る。


「ゼロ!?」


「理論上、あり得るのか?」


「一般人でも微量はあるはずだぞ?」


 ノアは深く頭を下げた。


「ですよね」


 なぜか納得されない。


 次は簡易魔法試験だった。


「では、火を灯してみてください」


 魔法陣、詠唱、集中。

 周囲の受験者は次々と成功する。


 ノアの番。


(火、火……)


 火打石の使い方を思い出しながら、手を伸ばす。


 ……何も起きない。


「もう一度、魔力を意識して」


「意識……」


 ノアは目を閉じた。


(ついたらいいな)


 ――つかない。


「次、水を動かしてみてください」


(動いたら便利だな)


 ――動かない。


「風を――」


(暑いから、涼しくなったら助かるけど)


 ――ならない。


 試験官は頭を抱えた。


「……完全に、魔法が使えませんね」


「はい」


 なぜか即答だった。


 昼休憩、受験者たちは距離を取っていた。


「なあ、あいつ……」


「逆にすごくないか?」


「何しに来たんだ……?」


 ノアは一人、ベンチでパンをかじる。


(静かでいいな)


 午後の面接でも、状況は変わらなかった。


「志望動機は?」


「魔法が使えないことを、ちゃんと確認したくて」


「……確認?」


「はい。やっぱり使えませんでした」


 面接官は沈黙した。


「……以上です」


 結果発表は即日だった。


 掲示板の前に人だかりができる。


 合格者の名前が並ぶ中、

 ノアの名前は――ない。


「まあ、そうだよね」


 ノアは荷物を持ち、学院を出ようとした。


 そのとき。


 遠くで、低い警報音が鳴り響いた。


「実験棟から緊急連絡!

 魔力炉、暴走の兆候あり!」


 周囲が一斉に色めき立つ。


「え、ちょっと待って」


「今、人多いぞ!?」


 ノアは立ち止まり、思った。


(誰もケガしなきゃいいけど……)


 ただ、それだけを。


 その瞬間、学院の空気が、わずかに揺れた。


 ノアはまだ知らない。


 この「つぶやき」が、

 彼の不合格を、完全に無意味なものにすることを。


 ――魔法が使えない少年は、

 すでに、学院に“招かれて”いたのだから。

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