【短編】恋愛マニュアル通りの彼女 vs 詐欺警戒度MAXの俺。~「好き」と言われるたびに、壺を買わされる予感しかしない~
月下花音
第1話:運命の相手は、最新の詐欺マニュアルを標準装備していた
スマホの画面に表示された文字を見て、俺は思わず乾いた笑いを漏らした。
『マッチング成立! 相性度:98%』
98%。
出たよ。俺のマッチングアプリ歴五年、総課金額三十万のデータベースが即座に警鐘を鳴らす。
「相性度95%以上」と「投資の神様」は、ネット上では同義語(サギ)だ。
現代の恋愛市場は、まさにこれだ。
アルゴリズムが弾き出す「運命の数値」に踊らされ、データに恋をする時代。
俺のような情報処理系エンジニアには、その欺瞞が痛いほど見えてしまう。
相手のプロフィールを開く。
名前は「ミナミ」。22歳。家事手伝い。
写真は……まあ、悔しいほど可愛い。
カフェのテラス席で、少し照れたように小首を傾げている。
その角度、光の当たり方、背景のボケ具合。すべてが「男性受け」を科学的に計算し尽くした構図だ。
これは、マーケティング理論の教科書に載っているレベルの完璧さ。
「黄金比」「三分割法」「自然光の活用」——
プロのフォトグラファーか、あるいは最新の画像生成AIの作品だろう。
――はい、業者確定。
どうせ中身は髭面のオッサンか、あるいは最新の対話型AIボットだろう。
本来なら即ブロックだが、俺はあえて指を止めた。
ここ最近、仕事のシステム開発でバグ取りばかりやらされてストレスが溜まっている。
「最新の詐欺ボットがどんな手口を使ってくるか」
それを暴いて嘲笑ってやるのも、悪くない暇つぶしだ。
現代のサイバー犯罪は、心理学とテクノロジーの融合体だ。
ソーシャル・エンジニアリング、行動経済学、認知バイアスの悪用——
俺のようなシステム屋には、その「アーキテクチャ」を解析する知的好奇心がある。
俺は「いいね」を返した。
すると、コンマ一秒の遅延もなくメッセージが届く。
『はじめまして! ミナミです♡ プロフ見て運命感じちゃいました! よかったら「ダーリン」って呼んでもいいですか?』
ぶっ。
俺は吹き出しそうになった。
初手で「ダーリン」。
昭和のラブコメか、あるいは激安の出会い系サイトのマニュアルか。
今どき、もっとマシな導入(スクリプト)があるだろうに。このAI、学習データが古くないか?
現代の詐欺は、もっと洗練されているはずだ。
心理学的アプローチ、段階的信頼構築、長期的関係性の演出——
この直球すぎるアプローチは、逆に新鮮ですらある。
『はじめまして。ダーリンは気が早いかな。まずは普通に話そう』
『ああん、ごめんなさい! 私、好きになると一直線なタイプで……じゃあ、篠崎さんって呼びますね♡』
「ああん」。
語彙のセンスが絶望的に古い。
だが、返信速度と文脈解析の精度は高い。
そこから三日間、俺たちはやり取りを続けた。
彼女の挙動は、見事なまでに「詐欺のテンプレ」をなぞっていた。
俺が「映画が好き」と言えば、『私も! 今度一緒に見に行きたいな』と未来の約束を取り付ける(未来拘束)。
俺が「仕事が忙しい」と言えば、『頑張ってて素敵! でも体調だけは気をつけてね』と情緒的ケアを提供する(自尊心の充足)。
完璧だ。
完璧すぎて、吐き気がするほど空虚だ。
そこには「人間」のノイズが一切ない。ひたすら俺を気持ちよくさせるための接待アルゴリズム。
これは、現代の恋愛における究極の皮肉だった。
人間は「理解されたい」と願いながら、完璧に理解されると「不気味」に感じる。
俺の心理プロファイルが完全に解析され、最適化された反応が返ってくる——
それは愛ではなく、高度な顧客サービスだった。
俺はそろそろ潮時だと感じた。
次の一手で終わらせよう。
ボットが最も嫌がる「リアルタイム性」の確認だ。
『文面だけじゃ伝わらないから、ビデオ通話しない?』
業者は通話を嫌う。
ディープフェイク動画を使う手もあるが、リアルタイムの映像は処理落ち(ラグ)が出やすい。
さて、どう断ってくる?
「恥ずかしい」か、「親がいる」か。
現代のサイバー犯罪者は、この「リアルタイム性」という壁に阻まれることが多い。
事前に用意されたスクリプトや画像は完璧でも、即興性を要求されると化けの皮が剥がれる。
『えっ……本当!? 嬉しい! 今すぐかけます!』
――は?
予想外の即答。
その直後、着信画面が光った。
俺は少し戸惑いながらタップする。
画面が繋がる。
そこに映っていたのは――
『あ、あの……聞こえますか? 篠崎さん』
写真通りの、いや、写真以上に可憐な少女だった。
白い部屋。白い服。
そして、少し緊張したように頬を染め、カメラを見つめる大きな瞳。
動画じゃない。
瞬きもしているし、背景のカーテンが微かに揺れている。
「……あ、ああ。聞こえてるよ」
「よかったぁ……! 私、緊張しちゃって……変じゃないですか?」
彼女は自分の髪を触り、首を振る。
その仕草もまた、あざといほど完璧に「可愛い」。
俺は目を細めた。
生身の人間だ。それは間違いない。
だが、違和感が拭えない。
彼女の部屋には、生活感(ノイズ)がなさすぎるのだ。
真っ白な壁、真っ白な家具。ポスター一枚、雑誌一冊見当たらない。
まるで、撮影用のスタジオか、あるいは精神病棟の個室のような無機質さ。
現代人の部屋は、その人の「デジタル・アイデンティティ」を反映する。
本、CD、フィギュア、ポスター——趣味嗜好の痕跡が散らばっているのが普通だ。
だが、彼女の空間は「個性」が完全に排除されている。
まるで、誰にでも好かれるために「自分」を消去したような。
『篠崎さん? どうしました?』
「いや……綺麗な部屋だなって」
『えへへ、掃除したんです! 篠崎さんに見られると思って、頑張っちゃいました!』
彼女は無邪気に笑った。
その笑顔は、左右対称で、歯並びも完璧で、輝くようだった。
――怖い。
俺の本能がそう告げている。
これは「詐欺」だ。
金銭を奪うための詐欺じゃないかもしれない。
もっと根源的な、俺の「理性」や「現実感」を奪いに来ている何かだ。
彼女は人間だ。
だが、その中身(OS)は、俺たちが知っている常識とは別の論理で動いている気がする。
現代社会は、こうした「完璧すぎる人間」を生み出している。
SNSの「いいね」、マッチングアプリの「評価」、社会の「期待」——
すべてが人間を「最適化」し、個性を削り取り、万人受けする「商品」に変えてしまう。
彼女は、その究極の完成形なのかもしれない。
「……ミナミ、だっけ」
『はい! これからは、私のこと「ミナミ」って呼んでくださいね、ダーリン♡』
彼女は画面越しに、ウインクをして見せた。
背筋に冷たいものが走る。
俺はこの日、知ってしまった。
「可愛すぎる」ということが、これほどまでにホラーになり得るということを。
俺はまだ知らない。
彼女がただ単に、ネットの「恋愛攻略wiki」を聖書のように信じ込み、一言一句マニュアル通りに実行しているだけの「恋愛ポンコツ」だということを。
これは、そんな二人の、噛み合わないまま加速していく、地獄のようなラブコメの始まりだった。
デジタル・ネイティブ世代の恋愛は、こうして始まる。
互いに「理想のアバター」を演じ続け、本当の自分を隠し続ける——
それは愛なのか、それとも高度な演技なのか。
俺たちは、その答えを探すことになる。
(つづく)
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