第6話 面倒くせぇ親父

 少し外の空気を浴びようと、新聞を持って玄関のドアを開けた。ぐーっと背伸びをしてから、軒先に腰掛ける。ぼんやりと町を眺めた。似たような一軒家が並ぶ。どの家も庭付きだった。柵の色や形に個性が出ている。黒澤家はライトグリーンにペイントされていた。風が心地よく木々を揺らし、土の匂いがした。何か思い出せそうで、思い出せなかった。


 道の向こうで遊んでいる子供たちが手を振ってきたので少し驚いた。手を振り返す。夢の中の自分も、あれくらいの年頃だった。

 新聞に目を通す。どれもこれもローカルな情報ばかりだったが、誌面の片隅に申し分程度に取られた枠に、それらしき記載がされていた〝キャンプ場の外れにある未登録の山小屋で、ボンベによるものと思われる爆発。数名が怪我〟となっており、それ以上の情報は無かった。すると、オフロード車が戻ってくる。伊野田は立ち上がり、一度手を上げて合図した。車から黒澤夫婦が降りてくる。


「待たせたな」

「いえ」伊野田は首を横に振って返事をした。

「来て早々に、ごめんね。コーヒーを飲もう。好き?」

「はい、好きです」

 言いながら三人は家に戻った。


「治りました」

「早いな」

 黒澤がキッチンに立ちながら返事をする。梓に促され、伊野田はダイニングに腰かけた。

「大変そうなんで、やっぱ帰ります。邪魔かと思うんで」

「邪魔じゃねえし、帰られちゃ困る。少し手伝ってほしい」

「手伝う?」

「うん。そっち行くから待ってろ」


 黒澤はそう言って、沸かした湯でコーヒーを淹れると、カップを三つテーブルに並べた。伊野田は礼を言って、一口すする。熱くて苦かったが、目覚ましには丁度良かった。 

「手伝って欲しいことって、これに関係してますか?」

 伊野田はそう言って、手にしていた記事のページを広げる。梓が覗き込んで頷き、黒澤に目配せをする。


「話が早い。明日、親父が拠点にしてた山小屋に付き合ってくれ。気になることがある」

「それが礼の代わりになるんなら、つきあいますよ。でも気になることって?」

「機械関係だ。この土地じゃオートマタの類は無縁なもんでな。俺も一応専門っちゃ専門だが、お前のほうが詳しいだろう。現場見て、意見くれるだけでいい」

「この事件に、オートマタが関連してるってことですか?」

「はっきりとは言えない。それをはっきりさせるために、手伝ってもらいたい。礼はする」

「礼の礼って、おかしくないですか?」

 そう言われて、黒澤は、ふふっと笑った。「確かにそうだな」と続ける。つくづく律儀な男だと伊野田は思った。


「予定狂わせてわりぃな」

「いや。こっちこそ」

「ありがとう。私、分署に連絡してくるね」

 梓はそう言って、席を立った。


 二人取り残される。少し気まずかった。黒澤は、父親についての詳細は口にしなかった。まだ不明確なのか、自身の中で気持ちの整理がついていないのか。複雑なことなのだろう。伊野田は、今は聞かないでおくことにした。新聞によると死体は出ていない。つまり、生きているということなのだから。一体、どこにいるのだろうか。


「連絡つかないって、嫌ですね」

「なんだ急に」

 唐突に口を開いた伊野田に、黒澤は少し驚いて返事をした。

「実はこっちも少し気になってだな。琴平さんにテキストを送ったが、返事がない」

「あの人は、大丈夫だろう」

「おれも、そう思う。だが今回のことで、心配になった」


 言いながら再度コーヒーを口にする伊野田を見つめ、黒澤は、今の言葉を琴平が聞いたらどんな顔をするのだろうかと考えてしまった。表情一つ変えないまま、喜ぶのではないだろうか。


 伊野田は端末を取り出し画面を眺めるが、消化しきれない感情に、徐々に不機嫌そうな顔になる。まるで不貞腐れた子供のようだ。この顔も見せてやりてぇなと、黒澤は思った。やがて不満をこぼしだす。


「現状を聞いてみたんだが見てもいない。そんなのよくあることだが、気になってしまう。……なんだよ、いつもいつも一方的に監視して、タイミング見計らったかのように連絡寄越してくるくせに、おれから連絡したら無視かよ、ふざけんな」

「互いにめんどくせえ親父を持ったな」

 ふふふっと、黒澤が笑みを零した。


「全くだ。世話の焼ける。あぁ、コーヒーうまい」

 伊野田も笑みを浮かべた。黒澤は「ありがとよ」と言ってコーヒーを飲み干した。

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