お祝いと言えば……下

 日向手製の、豪華おせち料理とご馳走を堪能した後は、睦月のリクエストで、かるたで遊ぶことになった。かるたと言っても子供用の、わかりやすいものではなく、百人一首を使ったかるたになる。

 み手を担う村雨氏が、第一声を放つ。よく通る美声に、思わず鳥肌が立った。上の句を詠みあげる村雨氏から、かるたに描かれた情景や歌人の感情が浮かび、伝わってくる。


 バシッ


 かるたを取るのも忘れて、すっかり聞き入ってしまったわたしは、はっと我に返った。いつの間にか、村雨氏が下の句を詠みあげていたらしい。気づくと、わたしの右隣に座る睦月の前にかるたが一枚、裏向きに置かれていた。

 村雨氏の美声に聞き惚れている間に、すっかり集中した睦月がバシッと、畳みの上に並べられたかるたを弾きだしたのだ。

(わたしも、負けてられない!)

 俄然、勝負モードになったわたしは、今度は一文、一句、聞き逃さないように耳をそばだてた。                

 負けじと、二十三枚のかるたを手中に収めたが、睦月はそれを上回る四十三枚のかるたを獲得した。向かい側に座る尊、日向にいたっては、わずか数枚くらいしか獲得していない。競技かるたさながらの勝負に、二人とも、口をあんぐり開けていた。

 三箇日最終日となる今日も、朝から村雨氏の屋敷に集い、睦月と一緒に凧揚たこあげ、おいばねと立て続けに遊んだ。

 縁側でしばし休憩した後。おもむろに立ち上がった尊、日向が屋敷の倉庫からうすきねを運んできた。これからここ、庭園の端っこ縁側の前もちつきをするんだそう。

 尊、日向が餅をついてる間、わたしは屋敷の台所を借りて、雑煮の支度をした。むろん、台所を借りる際に、冷蔵庫の中に入っている食材を使ってもよいと、村雨氏からの許可も得ている。

 包丁で、まな板の上に置いた具材を切っている間、手伝いを買って出た睦月が、雑煮の決め手となる出汁だしを作った。これがまたすごい慣れた手つきで、あっと言う間に絶品出汁を作り上げてしまった。

 やっとこさ、雑煮に必要なすべての具材を切り終えたわたしは、大鍋でぐつぐつ沸騰する絶品出しの中にそっと、具材を入れて煮込んだ。

 具材が、いい感じに煮えてきた頃。縁側の前で男の子二人がついていた餅がつきあがった。水で濡らした手でつきたての餅をちぎり、小さく丸めて行く。それを煮え立った大鍋に加えて少し煮込めば、雑煮ぞうにの完成だ。

「うぅんまっ! なにこのお雑煮! とてつもなく、高級感あふれてるんですケド!」

 汁を一口すすった瞬間、感激した尊が大興奮で感想を述べた。

「昆布にしいたけ、それにほんの少しカツオの風味がしていて、具や餅とよくなじんでいる。この出汁、誰が作ったの?」

「睦月ちゃんが作ったんだよ!」

 わたしも味見した時、すっごいびっくりしちゃった! 料理研究家よろしくの感想を述べ、真顔で尋ねた日向に、わたしは満面の笑みで応じた。

「睦月ちゃんすごいね! 今度、蒼司様のところに弟子入りしたら? そうしたらきっと、もっと料理の腕が上がると思うよ!」

 俄然、興奮した日向が大声を出し、村雨氏のもとで料理の修業をするよう睦月に勧めた。

「そのうちに……な」

 動揺しつつも、照れ臭そうに俯いた睦月はそう、素っ気なく返事をした。

「つきたてのお餅も美味しいよ!」

 雑煮に入れた餅を一口かじったわたしはそう、笑顔を浮かべながらも、幸せそうに言ったのだった。


 ***


 楽しい時間があっという間に過ぎ、とうとう、別れの時が訪れた。すっきりと晴れ渡っていた青空が、見事な紅色の夕焼けに染まり、無数の星をちりばめた、夜の帳が落ちる。

 深夜、青江あおえ神社の境内に集ったわたし、尊、日向、村雨氏、宇瑠柴氏の五人。その面前に睦月が、向かい合うように立っていた。まるで昼間のように明るい星空の下、それゆえ、互いの顔がはっきりと見て取れる。

「とうとう、来てしまったな」

 心なしか、寂しそうに微笑んだ睦月が、先に口を開く。

「もう間もなく、三箇日が終わってしまう。あと少ししたら私は、もとの世界へ、戻らねばならぬ」

 優しい口調だった。おもむろに、着ている赤いうちきの懐から、睦月はあるものを取り出した。

「これは二日間、私と遊んでくれた礼だ。ほんのささやかだが、受け取ってほしい」

 睦月はそう言うと、色取り取りの千代紙で作られた、長方形の薄い入れ物を、わたしを含む全員に手渡した。

「ありがとう。大切にするよ」

 嬉しそうに微笑んだわたしは、睦月の目をまっすぐ見つめると、やんわり礼を述べる。

「私たちまでいただいてしまって、申し訳ない」

「いや、私を受け入れてくれた、感謝の印だ」

 いささか困ったように微笑みながらも詫びた村雨氏に、優しく首を振った睦月は、

「貴殿をはじめ、ここに集うみなのおかげで私は、本当に素晴らしくも、忘れられない思い出を作ることができた。言葉では言い尽くせぬほど、感謝している」と言葉を付け加えた。

「これで、思い残すことはない」

 誰に言うでもなく、真顔で呟いた睦月は最後に「さらばだ」と、りりしい笑みを浮かべて、別れの言葉を告げた。

「さようなら、睦月ちゃん。来年もまた、いっぱいいっぱい遊ぼうね。約束だよ」

 涙が滲む、笑顔を浮かべたわたしは睦月に約束事をした。

「ああ、約束だ」

 睦月は微笑むと、さしだしたわたしの小指に指をからませ、ゆびきりをした。

「また、いつでも遊びに来てね。光里と日向と一緒に、待ってるから」

「ああ、また遊びに来た時は、声をかけるよ」

 気さくに笑って、別れの挨拶をした尊に、睦月はつとめて明るく振る舞った。

「来年もまた、睦月ちゃんにえるの、とっても楽しみに待ってるよ」

「私も、おまえたち三人とまた逢えること、心待ちにしているよ」

 うすら涙を浮かべた睦月は、声を震わせて返事をした。

「これが、本当のさよならだ。この二日間、世話になった。ありがとう。本当に……ありがとう。来年の三箇日に、また逢おうぞ」

 言葉が涙で詰まりながらも、最後は福の神らしく振る舞った睦月。やがて金色こんじきの光の球となり、はるか上空のかなたに姿を消した。午前零時を告げる、麓の寺から鳴り響く、美しくも重厚な鐘の音とともに。

 もとの、神の世界へ戻って行った睦月を見送り後。村雨氏の屋敷に通されたわたし、尊、日向は、真新しい畳みの匂いがする客間にて、睦月からの贈り物を確認した。

 二つ折りにされた千代紙の入れ物を広げてみると中には、高級な千代紙で作られた美麗びれいしおりとシール、そしてスタイリッシュな和風の柄をあしらった三本のペンが、左右セットになって入っていた。


 ***


 三箇日が過ぎ、冬休み中のある時、自宅で過ごすわたしのもとに、大きなダンボールが二箱、宅配されてきた。 

 送り主は田舎の実家に住む両親からで、餅やら野菜やら果物やら米やら生活用品やらが大箱にぎっしり詰め込まれている。その一番上に、両親からの手紙と、おとし玉二袋が入った封筒が添えられていた。

 そう言えば、わたしがここに引っ越す前夜、親戚呼んで盛大に門出を祝ってくれたっけ。

 手紙に目をやりつつ、ぼんやりと思い出したわたしは、丁寧に手紙を畳んで封筒に戻すと、旅支度を始めた。

 学校の始業式まで、あと四日はある。今から支度して、明日の朝に発てば、一日半くらいは実家に居られるだろう。

 しかし、なぜ三箇日が過ぎた今になって、田舎の両親から荷物が送られてきたのだろう。

 思案するわたしの脳裏にふと、優しく微笑む睦月の姿がよぎった。ひょっとしたらこれは、彼女の仕業かもしれない。なんてったて彼女は、三箇日にのみ、この世に姿を見せる、福の神なのだから。

 あらかた身支度し終えたわたしは、新年の挨拶がてらスマホで以て、実家に電話をかけた。

「あ、お母さん? わたし、光里だけど。うん。明日ね、そっちへ帰るから。うん。うん。じゃあ、また明日ね」

 電話口に出た母親との会話を終え、電話を切ったわたしは、無意識に部屋の窓を見遣みやった。レースのカーテンがかかる窓越しから空を見上げたわたしは心なしか、そこから睦月がこっちを眺めているような気がした。

 睦月が住む神の世界にも、空が存在するのだろうか。だとしたら、向こうの世界にいる睦月も眺めているだろう。暖かい太陽できらきらと輝く、澄み渡った冬の青空を。


 ―了―                        

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

MUTUKI ―むつき― 碧居満月 @BlueMoon1016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画