MUTUKI ―むつき―

碧居満月

お祝いといえば…… 上

 青江町あおえちょう最強の最高神と、強力な退治屋。彼らが、突如として襲来してきた悪魔を成敗した後のことだ。青江神社の、石造りの鳥居に隠れるように、ひっそりと佇む女の子と、わたしは出会った。

 腰くらいまで伸びた、さらさらストレートの黒髪に、赤い十二単じゅうにひとえを着た、十歳くらいの女の子。

 なぜか、不思議な感じがする彼女のことが気になり、声をかけたわたしは、宇瑠柴 うるしば氏と並んで成り行きを見守る村雨むらさめ氏からの許可を得て、彼女を神社の中へと連れて行った。


「ひかりん、待ってたよ!」

 本殿前に着くや、日向ひなたと一緒に待っていたたけるが気さくに声をかけた。二人とも、新年に相応しい着物に袴姿だった。

「昨日みたいにまた、こっちに向かってる途中で悪魔に絡まれやしないか心配してたけど……どうやらその必要はなかったみたいだね」

 にっこりした日向の言葉が、わたしの胸をちくりとさせた。

(言えない。ここに来る途中で悪魔が襲来し、颯爽と駆けつけた夾太郎きょうたろうさんと蒼司あおしさんに助けてもらったこと、絶対に言えない! )

「それはそうと、ひかりん……」

 ふと、あることに気付いた尊がおもむろに口を開く。

「そこにいる女の子……ひかりんの友達?」

 まるでかぐや姫のような出で立ちの女の子に着目しつつ、不思議そうに尋ねた尊。その問いに、わたしは胸を張って笑顔で返事をした。

「うん、そうだよ。ついさっき知り合ったの」

「ふーん……」

 どこで知り合ったのかまではかなかったが、改めて女の子を見つめる尊、日向の二人がどこか、不審がっているように見えた。

「まっ、いいや。とにかく、この先の屋敷へ行こう。暖冬とはいえ、外は寒いから」

 しばし沈黙が続いた後、先に沈黙を破った尊がどうでもよくつぶやくと、気さくにそう言った。


 尊を先頭に、日向、わたし、女の子の順で客間に入った瞬間、わたしは思わず声をあげそうになった。

 二十帖はあろう和室のまんなかに置かれた大テーブルの上に、びっしりとご馳走が並んでいる。その中心には、三段の桐の重箱をあしらった、豪華なおせち料理が並んでいた。

「すっごーい。わたし、こんなの初めて」

 目がらんらんと輝き、わたしは感動を止めることは出来なかった。

「この日のために、頑張って作ったんだ。去年までは蒼司さんが作ってたんだよ。けれど、今年は僕に任せてくれて、とっても張り切っちゃった」

 そう言って、はにかみ笑いを浮かべた日向を、わたしは尊敬の目差まなざしで見つめた。そのすぐ横で同じく日向を見つめる尊も、尊敬の目差しだった。

「日向、すごいよ! 今度作り方教えて! 来年、私もチャレンジしてみる!」

「いいよ。但し、いくつか教えられないことがあるけど、それでもよければ」

 興奮気味に頼み事をしたわたしに、微笑んだ日向はやんわりとそう応じた。

「あれ? あのこは?」

 ちょっとした異変に気づいた尊の声で、わたしは初めて、女の子が部屋からいなくなっていることに気づいた。

「今まで、ここにいた筈なのに……」

「この屋敷は広いから、迷子になったら大変だ。三人で手分けして、女の子を捜そう」

 日向の提案に乗り、ひとりずつに別れ、屋敷の中を捜索することしばし。妙に気になったわたしは廊下を引き返すと、静かに障子を開けた。そこは豪華なご馳走が用意されている客間の、左隣の部屋だった。

「ここにいたのね」

 内心、安堵しつつも、真顔で呟いたわたしは、うす暗い部屋の隅で正座している女の子のところまで歩み寄った。

「どうして……ここにいることが分かった」

「なんとなく、そんな感じがしただけよ」

 そっけなく尋ねた女の子に、真顔で応じたわたしは、

「ダメじゃない。勝手に部屋を抜け出しちゃ。みんな心配しているよ。早く戻ろう」と叱り、促した。

「嫌だ、ここにいる」

 女の子はだだをこねはじめた。

「部屋に戻りたくない。おまえたち人間と一緒にいたら私は……寂しくなる」

 うすら涙を浮かべて、つんとそっぽを向いた女の子。おとなびた子供を思わせる彼女の言葉は妙に、悲しい気持ちにさせた。

「どうして寂しくなるの? わたしは、あなたと一緒にあそべないことの方が、すごく寂しいよ」

 複雑な顔で本音をもらした私。その言葉が身にみたらしい。そっぽを向いていた女の子が、わたしの顔を見つめた。海のように透き通る、紺碧の目が、悲しくも綺麗な光を放っている。

「おまえ、名はなんと言う?」

光里ひかりよ」

「光里か、よい名だ」

 わたしの名前を聞き、ふっと微笑んだ女の子は唐突に話を切り出した。

「光里、よく聞いて欲しい。我が名は睦月むつき三箇日さんがにちにのみ、人間界へ渡ることを許された福の神だ。ゆえに、三箇日が終わるのと同時に、私は神の世界へ戻らねばならぬ」

「だったらなおのこと、人間達わたしたちと遊ぶべきだわ」

 たんたんと語る彼女の話を遮るかのように、眉を吊り上げたわたしは窘めた。

「三箇日がなによ。今年でもう会えなくなるわけじゃないじゃない。また来年も、再来年も、ずっとずっと正月はやって来る。またいつでも会いに来ればいいじゃない。それにまだ、一日残ってるでしょ? 出会ったばっかだし、もとの世界へ帰るまでの間、飽きるまでずっといてよ」

 神様を叱ったのは、これが初めてだ。相手が子供だからか、余計に熱が入ってしまった。

 叱った後で優しい笑みを浮かべて振る舞ったものの、ちょっと後悔した。が、睦月は叱られて落ち込んでいる様子はなかった。むしろ、感謝をしているような感じが、ぱぁと明るくなった彼女の表情から読み取れた。

「ありがとう。おまえのおかげで、私の考え方が変わった。これからよろしく頼む」

 そう言って、睦月は微笑んだ。それはまるで、心の底から喜ぶ天真爛漫てんしんらんまんな子供の笑顔だった。


 睦月と一緒に客間に戻ったわたしは、屋敷中を捜索していた尊、日向、そして村雨氏、宇瑠柴氏と合流すると、今までの経緯を話して聞かせた。

「へぇー……君、福の神様だったんだね」

 事情を知った尊がそう、まじまじと睦月を見ながら関心したように言った。

「それならそうと、言ってくれればいいのに」

 いささか切なそうに微笑んだ日向が、睦月に声をかける。

「すまない。最高神である、村雨蒼司殿を配慮し、身分を伏せておったのだ。が、もうその必要はなくなった」

 日向を慰めるように、やんわりと告げた睦月。もむろに、佇む村雨氏に顔を向けると言葉をつけ加えた。

「私を、受け入れてくれて、ありがとう」と。

「どういたしまして」

 微笑みながら礼を述べた睦月に、やんわり微笑んだ村雨氏がそう返事をした。

「んじゃさっそく、豪華おせち料理を堪能しますかな」

 俄然、食べる気まんまんの尊は張り切って言うと、すばやく席に着いた。

「その前に、おまえたちに、渡さねばならんものがある」

 威厳のある口調で待ったをかけた宇瑠柴氏が、着ているコートの内ポケットからあるものを取り出し、わたし、尊、日向の順で何かを手渡した。

「こ、これは……」

「正月と言えば……おとし玉だろ?」

 ぽち袋を手渡した宇瑠柴氏がそう、気取った笑みを浮かべて得意げに言った。

「これは、私からだ」

 くれぐれも、無駄遣いはしないように。そう言って微笑んだ村雨氏も、おとし玉を三人に手渡した。

「あ、あのぅ……」

 自分たちだけ貰って、なんだか少し、申し訳なく思ったわたしは言いにくそうに口を開いたが、なかなか言葉がでてこない。

 そんなわたしの心情を察したのか、分かっていると頷いた村雨氏が、

「ちゃんと、用意してある」と返事をした。

「福の神と言えど、子供には変わりない。これは私から君に、縁が結ばれた証として贈呈する」

 また明日も、ここへ遊びにおいで。優しく言葉を締め括った村雨氏は、わたしたちが受け取ったのと同じ物を、睦月にも手渡した。

「縁ができた祝いだ。俺のも、受け取ってくれよ」

 愛しむような笑みを浮かべた宇瑠柴氏も低い体勢になり、睦月と同じ目線になるとおとし玉を手渡した。

「これが……おとし玉と言うものなのだな」

 二人の大人から貰ったおとし玉を、大事そうに抱え、嬉しそうに微笑んだ睦月は、

「ありがとう」と礼を述べた。

 その姿に、固唾を呑んで見守っていたわたし、尊、日向はほっと安堵の笑みを浮かべたのだった。

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