第4話《玄序篇》管理者による最初の介入

 世界は、王の誕生によって歓呼することはない。


 ただ、

 リスクの算定を開始するだけだ。


 ⸻


 一、規則が「注視」を始める


 獣王が確立されたその瞬間、

 玄序界の運行曲線は、

 初めて明確な偏移を示した。


 崩壊ではない。

 失衡でもない。


 ――想定外。


 規則の深層において、

 いずれの種族にも属さぬ意識が、

 静かに自己診断を完了させる。


 それは、

 世界管理者と呼ばれる存在。


 意志の立場を持たず、

 感情的な嗜好もない。


 その存在理由はただ一つ――

 世界を、継続させること。


 そして今、

 データは積み重なり始めていた。


【王権変数:1】

【潜在的王権変数:増加傾向】

【種族カバー率:人/獣/霊/妖/魔】

【飛升拒否率:異常】


 これは災厄ではない。


 だが、

 あらゆる災厄の前提条件だった。


 ⸻


 二、介入の第一原則


 管理者は、

 変数を直接抹消しない。


 それは最も愚かで、

 かつ最も不安定な処理だ。


 真の介入は、

 常に「選択の前」に行われる。


 そうして、

 目立たず、しかし回避不能な規則が、

 世界の底層へと静かに書き込まれた。


 ――

 現行版図の極限に達していない者は、

 王権判定に触れてはならない。


 公告はない。


 だがその後、

 境界へと近づきながらも

 積み上げを終えていない強者たちは、

 修行の中で共通の違和感を覚え始める。


 抑圧ではない。


 ――前に進めない「空白」。


 ⸻


 三、人族、最初の壁


 人族のある古き宗門にて、

 数十年の閉関を続けていた武修が、

 突如として目を見開いた。


 突破まで、

 残るは最後の一歩。


 その感覚は、

 疑いようもない。


 力はある。

 意志もある。

 肉体も衰えてはいない。


 ただ一つ――

 世界だけが、応えなくなった。


「……なるほどな」


 彼は怒らなかった。

 むしろ、薄く笑った。


「世界が、選別を始めたか」


 人族内部では、

 文道の修行者たちが

 武修よりも早く異変に気づいていた。


 推演、占算、布石。

 そのすべてに、

 微細な“ズレ”が生じている。


 まるで、

 いくつかの未来が、

 事前に否定されているかのように。


 ⸻


 四、霊族の沈黙の警告


 霊族に、言語はない。


 だが、

 管理者の意図を最も早く理解したのも、

 彼らだった。


 複数の規則節点において、

 霊族の意識活動は一斉に低下し、

 大きな波動を生む可能性のある領域を、

 自発的に避け始める。


 それは、

 言葉なき協調。


 服従ではない。


 ――

 世界の可承載極限への理解だ。


 霊族は知っている。


 規則が全面介入した時、

 最初に抹消されるのは、

 最強者ではない。


 不安定な存在だ。


 ⸻


 五、妖族の反噬


 介入には、

 必ず代償が伴う。


 規則が引き締まった瞬間、

 妖族の“異常性”は、

 極限まで拡大された。


 ある妖は、

 圧縮された規則の中で崩壊し、


 またある妖は、

 裂け目の中で

 極端な進化を遂げた。


 それらは、

 もはやいかなる既定経路にも属さない。


 管理者は即座に、

 該当個体を次のように標記する。


【高リスク変数】

【観測対象】

【暫定的に処理せず】


 それは妥協であり、

 同時に警告だった。


 ⸻


 六、魔族の試探


 他種族と異なり、

 魔族は明確な阻滞を受けなかった。


 彼らの力は、

 もともと世界秩序の外縁を遊離している。


 だが、

 だからこそ――


 管理者は初めて、

 監視閾値を調整し、

 一部の界外領域を

 **「強介入予備区」**へと編入した。


 魔族は、それを感じ取った。


 抑圧ではない。


 だが、

 冷静で明確な合図だった。


 ――

 これ以上踏み込めば、

 観測では済まされない。


 ⸻


 七、飛升拒否者への扱い


 そして、

 すべての介入の中で、

 最も特異だったのが

「飛升拒否者」への対応だった。


 林闕と蘇璃は、

 同時に世界の態度変化を察知する。


 修行は阻まれない。

 力も削がれない。


 だが、

 はっきりと理解していた。


 ――

 自分たちは、

 最上位リスク枠に分類された。


 世界は、

 もはや離脱を誘導しない。


 代わりに、

 こう問い始めている。


 残った場合、

 その代価を支払えるのか。


 それは敵意ではない。


 ――

 王に対する、

 世界最初の試探だった。


 ⸻


 この日以降、

 玄序界の表層は、

 変わらぬ平穏を保ち続けた。


 だが、

 真に高みに立つ存在たちは、

 すでに理解している。


 王権の時代は、

 強者の舞台であると同時に――


 世界と強者との、

 交渉の場でもあるのだ。


 そして管理者は、

 すでに

「傍観者」の座を降りていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月31日 11:00
2025年12月31日 12:00
2025年12月31日 19:00

王座に挑む者たち @chiseimumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画