第3話《玄序篇》第一の獣王

 荒域は、秩序に属さない


 荒域は、もとより秩序のものではなかった。


 少なくとも、玄序界の長い歴史において、

 それは世界に「黙認された混沌の地」として存在してきた。


 血脈が強さを決め、

 領地が生死を分ける。


 ――それが、荒域の理だった。


 だが今、その混沌は、

 否応なく一つの選択を迫られている。


 ⸻


 一、血脈の果て


 荒原の最奥、

 伏せるように連なる群山の中で。


 一頭の巨大な古獣が、

 ゆっくりと身を起こした。


 灰白色の鬃毛が風に翻り、

 それはまるで、旧き時代の旗のようだった。


 あまりにも長い時を、

 この地で眠り続けていた存在。


 周囲の獣群でさえ、

 ――この古獣は、

 やがて血脈の衰えとともに朽ちるのだと、

 そう信じて疑わなかった。


 だが、つい先ほど。


 血脈の最奥で、

 今にも消えかけていた炎が、

 再び灯った。


 強くなったわけではない。


 ――世界に、呼び起こされたのだ。


 古獣は頭をもたげる。


 その瞳に映ったのは、

 敵でも、獲物でもない。


 荒域、そのすべてだった。


 この瞬間、

 古獣は理解した。


 荒域はもはや、

 無数の無秩序な強者を

 抱え続けることができない。


 ⸻


 二、獣群の本能的反応


 獣族は「規則」を理解しない。


 だが、感じ取ることはできる。


 ――抗うことのできない圧迫が、

 荒域全体へと広がり始めていることを。


 若き獣王候補たちは躁ぎ、

 強大な血脈同士が衝突する。


 領地の境界は引き裂かれ、

 荒域は、かつてない混乱に陥った。


 まるで種族そのものが、

 出口を探しているかのように。


 それは、逃走ではない。


 帰属だった。


 最初の一頭の強大な異獣が、

 古獣の威圧の前に首を垂れたとき、

 荒域は一瞬、静まり返った。


 それは力への服従ではない。


 ――代替不可能な「存在」への服従だった。


 ⸻


 三、世界の最初の確認


 規則は、獣族を贔屓しない。


 だが、荒域に存在するすべての高位血脈が、

 同一の存在によって抑え込まれたとき――


 世界は、

 もはやこの事実を無視できなかった。


 規則の深層に、

 一行の記録が静かに書き加えられる。


【単一変数を検出】

【荒域全高階血脈を覆う】

【当該変数、飛升を選択せず】

【局部版図における唯一性:成立】

【王権判定:成立】


 王座はない。

 加冠もない。

 光すら現れない。


 だが、この瞬間から、

 荒域における規則の演算方式は、

 確実に書き換えられた。


 ⸻


 四、獣王の誕生


 古獣は、自らを王とは称さなかった。


 ただ、そこに在る。


 呼吸は荒域の律動と重なり、

 山川は伏し、

 荒原は次第に静まっていく。


 かつて互いに殺し合っていた強大な異獣たちは、

 本能的に距離を取った。


 それは、

 越えてはならぬ境界を避けるかのようだった。


 獣族に言葉は要らない。


 血脈が、

 同じ結論を告げていた。


 荒域には、

 ただ一つの中心しか存在できない。


 この日以降、

 荒域の争いが消えることはなかった。


 だが、そのすべては、

 一つの核心を中心に回り始める。


 獣王は、統治を必要としない。


 その存在そのものが、

 秩序だった。


 ⸻


 五、他種族の反応


 人族の上層部は、

 初めて正式に「獣王」を情報として記録した。


 敵ではない。


 だが――

 回避不可能な、同格の存在。


 霊族は規則の節点で荒域の変動を感知し、

 王権が必ずしも

「王座」という形を取らないことを悟る。


 さらに遠い影の中で、

 魔族の一部の存在は、

 興味深げな笑みを浮かべた。


「なるほど……」


「王権とは、

 血脈と領地で成立することもあるのか」


 ⸻


 六、王権時代、最初の亀裂


 獣王の誕生は、

 戦争を引き起こさなかった。


 だが、

 頂点に近づきつつあったすべての存在に、

 一つの事実を突きつけた。


 王権は、宣告を必要としない。


 世界が、

 お前を中心に回り始めた時点で、

 お前はすでに王の座に立っている。


 そして、

 最初の王が現れた瞬間、


 次の王の誕生は、

 もはや避けられない。


 玄序界は、

 正式に――


 多王並立の時代へと踏み込んだ。

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