王座は、まだ本当の意味では降臨していなかった。

少なくとも、

大多数の生命の認識においては、それは存在していないも同然だった。

玄序界の空は元の色を取り戻し、

風は吹き、雲は流れ続ける。

城池では人族が変わらず生計のために奔走し、

荒域の奥では獣たちが血脈の本能に従い領地を争い、

秘境と禁域の内部では、霊族の意識が規則の節点をゆっくりと巡っていた。

世界の表層は、何一つ変わっていない。

だが、

異なる種族の深層において、変化は同時に始まっていた。

―――

一、人だけが規則を聞くわけではない

規則の囁きは、

いずれかの生命形態に肩入れするものではなかった。

人族の強者たちが世界境界の変化を感知したその時――

荒域の奥深くで、一頭の老いた獣王が長い眠りから目を覚ました。

血脈に走った久方ぶりの脈動により、

その巨体は本能的に低く身を伏せる。

それは恐怖ではない。

世界そのものから発せられた、

静かな警告だった。

――領域は、すでに限界に達している。

同じ瞬間、

ある霊脈の交差点において、複数の霊族意識が共鳴を起こした。

彼らに言語は存在しない。

だが、規則の微細な揺らぎの中から、ひとつの事実を読み取っていた。

世界は今、

「中核変数」を再定義し始めている。

―――

二、妖と魔、最も早く異変を察した者たち

妖族は、もとより世界でもっとも不安定な存在である。

固定された種族ではなく、

獣や霊、あるいは無機物ですら、

機縁や執念によって覚醒したものが妖となる。

ゆえに、

規則が引き締められ始めたとき、

妖族の中の異常個体こそが、最初に激しい反応を示した。

一夜にして修為が暴走的に増大する妖もいれば、

制御を失い、そのまま消滅する者もいた。

そして、

さらに奥深い領域では、魔族の変化がより危険な兆候を帯びていた。

彼らの力の源は、

もともと玄序界の秩序に完全には依存していない。

世界が「不安定要素」を排除し始めたその瞬間、

魔族の気配は、初めて世界管理者によって明確に標識された。

追放ではない。

殲滅でもない。

――重点観測。

―――

三、飛升を拒んだ者たちが焦点となる

林阙は、高層ビルの屋上に立ち、都市全体を見下ろしていた。

人族の認識において、

規則とは、あらゆる修行の道の終端に横たわる、見えない線に等しい。

だが、

その線に触れながら、なお一歩を踏み出さなかった存在が現れた時――

世界は、無視することができなくなる。

荒域の裂谷の縁で、

蘇璃はゆっくりと手を引いた。

彼女ははっきりと感じ取っていた。

周囲の天地規則が、

自分を中心に再配置されつつあることを。

それは服従ではなく、

抑圧でもない。

――評価。

この存在を、

再定義すべきかどうかを測っているのだ。

飛升を拒んだからといって、

即座に王権が与えられるわけではない。

だがその瞬間から、

あらゆる種族、あらゆる強者、あらゆる管理者にとって――

注視すべき対象となる。

―――

四、管理者の記録が書き換えられる

規則の深層において、

世界管理者は記録の更新を開始していた。

【人族：飛升拒否個体を確認】

【獣族：複数の血脈異常波動を検出】

【霊族：規則共鳴頻度の上昇】

【妖族：異常変数の増加】

【魔族：界外侵蝕リスクの上昇】

これは、

玄序界の誕生以来――

五大種族が同時に世界上限へと接触した、初めての事例だった。

管理者は善悪を裁かず、

立場も問わない。

ただひとつだけを注視する。

この世界は、

まだ「安定稼働」できるのか。

―――

五、王は、もはや一族の称号ではない

この夜、

王座は姿を現さなかった。

だが、

頂点に近づいたすべての存在は、同じ事実を察していた。

王は、もはや人族だけの称号ではない。

獣族は獣王を生み出し得る。

霊族は規則そのものの中核となり得る。

妖族は、予測不能な妖皇へと進化する可能性を秘める。

魔族は、逆序の力によって、王権を強奪することさえあり得る。

人族は、その一部に過ぎない。

この瞬間から――

称王は、個人の野心ではなくなった。

それは、

世界全体、すべての種族が参加する“博弈”となった。

―――

この章の終わりに、戦いはない。

だが玄序界は、

すでに後戻りのできない時代へと踏み込んでいた。

ひとつの問いが、

異なる種族、異なる意識の中で、繰り返し反響する。

もし王権が真に降臨したなら――

あなたは、どちらの側に立つのか。