第1話 通達
ごろごろ。
教会の長椅子で、俺は完全に溶けていた。
「……ヴァニタス様」
「んー」
「もう一時間、この体勢ですよ」
「いい感じだ」
「よくないです!」
とは言いつつ、リリィの手は髪を撫でるのをやめない。
窓の外では、平和な午後の風が鳴っている。
良い静寂だ。今日もこのまま穏やかに一日が過ぎれば──
ドォン!!!!!!
そう思っていたのもつかの間、静寂を破るかのように教会のドアが蹴破られた。
リリィが驚いて肩を震わせる。
「強盗にしてはかなり大胆な手口だな」
俺は目を開け、リリィの膝から頭を上げた。
こんな辺鄙な村に客人が来ることは滅多にない。
…嫌な予感がする。
「やっぱり、ここにいた」
聞き覚えのある声。
「久しぶりね、ヴァニタス」
そこには、淡い茶髪を靡かせたシスターがいた。
「……エレナか」
彼女は、王都で名を馳せる、敏腕シスター・エレナ。それと同時に、俺の同郷の幼馴染である。
彼女は、昔と変わらず背筋を伸ばし、変わったところといえば――目つきだけが、少しだけ厳しくなっていた。
「学園を卒業したかと思えば、こんな所で時間を潰していたなんて」
「お前の方こそ、王都で大活躍だそうだな。可愛い顔が疲労で台無しだぞ」
「なっ……! からかわないで! 今日はそういうふざけた用事で来たわけじゃないから!」
そう言ってエレナは思い出したかのようにカバンから封蝋の施された書簡を差し出す。
王都の大聖堂の紋章。
それを見た瞬間、リリィが息を呑む。
「そ、それって……」
嫌な予感、的中。
「読まなくても分かる。これはかなりめんどくさい事になりそうだ」
俺の仕事ぶりが王都の偉い人にバレたのか、はたまた戦場に駆り出されるのか、どちらにせよ王都からの指令にロクなものはない。
「じゃあ言うわ」
エレナは、まっすぐな目で俺を見る。
「あなたは」
一瞬、間を置いて。
「グレイヘイズ教会神父から枢機卿へ昇進。そして、次期教皇候補に選出されました」
沈黙。
開いたドアから、乾いた風が吹き抜ける。
「……は?」
いやいや嘘でしょ。
異例の昇進と、教皇という役職候補への選出。こんな田舎の教会の神父か選ばれる訳がない。
リリィも目を丸くして、声も出ないという様子だ。
「おいエレナ。何かの間違いじゃないのか、住所、合ってる?」
「……私も何度も確認したわ。でも間違いなくあなたよ」
エレナがため息を着く。
教皇──それはメリトクラ教を崇拝するこの国にとって、最も栄誉のある役職。他を圧倒する、いわば神に最も近い力を持ったものにのみ許される称号。
そして次の教皇になるには、教皇にその実力を認められた教会のトップ・枢機卿になる必要がある。
俺はそんな大それた役職に昇進し、教皇候補として名を挙げられたということを、エレナは言っているのだ。
「そ、そんな……!ヴァニタス様が……?」
「人選ミスだ」
俺は、即座に訂正を要求した。
「いいえ。教皇様はあなたに期待してらっしゃるわ。覚えてるでしょ? 学園長、アナスタシア様よ」
エレナは、即答し、書簡を地面に落とした。
それだけで、紙がふわりと開く。
――正式な選出文。なるほどそういう訳か。
「あの婆さん、やってくれたな」
「ヴァニタス、不敬よ」
「ヴァ、ヴァニタス様。教皇様とお知り合いなんですか?」
現教皇、聖アナスタシア。その名前は聞き覚えがあった。
「ああ、俺たちの恩師だ」
聖職者を養成する王都の学園に俺とエレナは通っており、その時教皇自ら直接教鞭を取り、指導していた。
「あの方は本気よ」
エレナは付け足す。
「昔から、あなたのことを評価してた。問題児だったけど、才能だけは本物だって」
背後で、リリィが俺の服を掴む。
俺は、深くため息をついた。
「……最悪だ」
だらけた日常。祈らない神父。教皇候補。
どう考えても、俺向きじゃない。
「始まるのよ、ヴァニタス」
エレナが言う。
「
リリィが、そっと俺の背中に額を預けてくる。
「ヴァニタスさま…」
小さな声。
俺は今、大きな決断を迫られている。
教皇の勅命を断ればそれは教会の教えに背くこと。破門案件だ。破門されれば、俺は神から見放された穀潰しという扱いを受けこの都市では生きていけない。おそらく他の都市でも何らかの圧力をかけられ、今までの生活を送ることはできなくなるだろう。
───それだけは嫌だ。というかめんどくさい!
「分かってる」
「出ればいいんだろ」
「教皇様が何を考えてるのかは知らんが、俺を選んだこと、後悔させてやる」
こうして波乱の
ロクデナシ神父の教皇選挙 嗚呼唖亜 @letallstarsfall
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