ロクデナシ神父の教皇選挙

嗚呼唖亜

プロローグ

むかしむかし。

世界が、まだ名前を持たなかったころ。


そこには、何もない大地が広がっていました。


山もなく、川もなく、

ただ霧と影と、

夜よりも暗い魔物だけが、うごめいていました。


その大地の片隅に、

神さまたちは、ひっそりと暮らしていました。


雷の神は、音を殺し。

癒やしの神は、光を隠し。

知恵の神は、言葉を閉じて。


そして、

力の女神――メリトクラもまた、

小さく身を縮めていました。


神さまたちは、強い存在でした。

けれど、戦うことを知りませんでした。


そんなある日。


魔物たちは、神さまたちを見つけてしまいます。


雷は、砕かれ。

癒やしは、喰われ。

知恵は、闇に沈みました。


神さまたちは、

一柱、また一柱と、消えていきました。


最後に残ったのは、メリトクラだけ。


彼女は、隠れました。

震えながら、見ていました。


そのとき、

女神は、こう思ったのです。


――この世界で生きるには、やさしさだけでは足りない。


――祈るだけでは、守れない。


だから、女神は決めました。


「これから生まれてくる人間たちに、力をあげよう」


「向いている者に、より強い力を」


「そして、強い者が、上に立つ世界を」


こうして。


人は、神具を授かり、権能を得て、強さによって選ばれるようになりました。


それが――メリトクラ教のはじまり。


……という、少し怖くて、少しきれいな、おとぎ話。



「はい。今日はここまでです。これがメリトクラ教の起源です。皆さんは女神メリトクラ様から頂いた力を、鍛錬によって磨くのですよ」


「はーい」


「リリィ先生ありがとー」


「はい。ありがとうございました」


そう言ってリリィ先生、と呼ばれたシスターはニコニコしながら子供を教会から見送った。


宗教都市・メリトクラ。ここは、力が全ての圧倒的実力主義の世界。魔術を使えるもの、剣を扱うものが優遇され、統治していく世界なのだ。


そして、実力のあるものは神から愛されたものとされ、聖職者として他を導いていく指名を与えられていく。


聖具という武器、権能という異能力を授かって。


「ほんと、めんどくさくてやんなっちゃうね」


「もー、ヴァニタス様、ちゃんと聞いてました?」


かくいう俺・ヴァニタスもそんな使命を与えられた聖職者、神父の1人である。


「子どもたちへの布教もほんとはヴァニタス様のお仕事なんですからね。もう」


長椅子で寝そべっていた俺のもとへシスター・リリィが頬を膨らませ近づいてくる。

何を隠そう、ここは俺が統括を任せられた教会なのだ。

といっても、めちゃくちゃ田舎の子供と老人しかいない農村なのだが。


「リリィは偉いね。うん。神父様が労ってあげよう」


「また話をそらす!」


口では言いながらも、俺が頭を撫でてやると満更でもなさそうに頬を緩ませる。可愛いやつめ。


「ふふふっ……もっと……じゃなくて! これは教義の根幹なんですよ?力ある者が上に立ち、強くあり続けることが正しいって――」


我に返ったようにリリィは反論する。珍しく今日はお説教を誤魔化せなかったようだ。


「立ちたくない」


俺は即答する。


「……はい?」


「上に立つの、疲れる」


再び長椅子の上に寝そべり、もぞもぞと寝返りを打つ。


「俺はここでいい」


「ここって……長椅子の上ですか?」


「リリィの膝の上がいい」


「なっ……!」


一瞬固まってから、リリィは顔を赤くし、視線を泳がせる。


「だ、だめです! 神父様、昼間ですよ!」


「誰も見てない」


「見てます! 女神様が!」


「女神も、たぶん昼寝してる」


「そんな罰当たりな……」


ぶつぶつ言いながらも、結局リリィは長椅子に腰掛ける。


「……ほんとに、怠け者なんですから」


「まぁね」


ヴァニタスは、彼女の膝に頭を預けた。


「でも」


リリィは、そっと彼の髪を撫でる。


「私はヴァニタス様が、やる時はやる人だって、知ってますから」


リリィは小さく微笑んだ。


「……その時が来たらだけど」


辺境の小さな教会。


ここでは今日も、力を尊ぶ教義とはまるで似つかわしくない、だらけた神父と、世話焼きなシスターが、平和な時間を過ごしていた。


――まさか、この男が。


教皇候補に選ばれ、世界を揺るがす存在になるなど。


この時は、誰も思っていなかった。

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