第3話 読者は、どこに立たされているのか

物語を読むとき、

読者はただ外側から出来事を眺めているわけではない。


文章を追うたびに、

読者は無意識のうちに、

「どこから世界を見ているのか」を選ばされている。


一人称の物語であれば、

読者は語り手の内側に入り込み、

その思考や感情を借りて世界を見る。


三人称であっても同じだ。

視線が寄り添う人物がいれば、

読者は自然とその人物の近くに立つ。


物語論家ジェラール・ジュネットが示したように、

語り手と主人公、

そして視点は、必ずしも一致しない。

それでも読者は、

語りが差し出す視線の位置に立たされる。


つまり、

主人公とは、読者が立たされる場所そのものである。


だからこそ、

「読者が主人公になる物語」という言葉は、

完全に新しい発想ではない。

多くの小説は、すでにその構造を持っている。


ただし、

そこには一つの危うさがある。


選択肢だけが増え、

何も引き受けなくていい物語は、

読者に「参加している錯覚」だけを与える。


自由を尊重しすぎた結果、

視点は定まらず、

物語の輪郭はぼやけてしまう。


読者は「何にでもなれる」状態よりも、

「ここに立ってほしい」と

差し出された位置のほうが、

安心して物語に身を預けられる。


読者が主人公になるとは、

読者に自由を与えることではない。


読者に、引き受けるべき視線を与えることなのだ。



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