この飲み会は何のお祝い?
烏川 ハル
この飲み会は何のお祝い?
「あれ? 課長は行かないんですか、今日の飲み会?」
会社のビルを出たところで、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、同じ課の新人が少し不思議そうな顔をしている。
まだ課内の人間関係もよく理解していないような、入ったばかりの若手社員だ。
一歩でも会社から出た以上、私が世話する義理もないのだが……。
わからないことがあるせいで困っていたり、何か勘違いしていたりするかもしれない。そう思えば親切心も湧いてきて、足を止めた私は、彼と話し始めた。
「今日の飲み会とは……? 私は聞いていないのだが」
「あれっ、変だなあ。その件を話していた時、確か課長の名前も話題に出てきたような気が……」
「ふむ。では、私に連絡が来ていないのは、単なる手違いなのかな?」
うちの職場では、だいたい毎週金曜の夜には飲み会があるし、課長の私にも声がかかるのが恒例だ。
とはいえ、高齢の先輩や上司などが一緒では酒を楽しめない者もいるだろうし、私は誘われても参加しない場合も多い。今回も「どうせ課長は来ないだろうから」ということで、声をかけ忘れたのかもしれないが……。
「……ああ、そういうことか」
頭の中で一つの可能性に思い至り、思わず納得の言葉が口から出てしまう。
おそらくは「声をかけ忘れた」わけではない。一種のサプライズパーティーなのだろう。
そもそも「毎週金曜の夜に飲み会」といっても、何の理由も無しに飲むのではなく、例えば4月の花見とか7月の七夕とか、大抵は口実を設けた上で行われるのだ。
ならば今回の「口実」は何か。それが彼の言っていた「課長の名前も話題に出てきた」というやつなのだろう。
私こそが、今日の飲み会の主賓。明後日が誕生日だから、そのお祝いではないだろうか。
そしてサプライズとして、誰かがギリギリのタイミングで私を飲み会へ連れて行く。そういう手筈だったに違いない。
ならば……。
「ふむ。では、逆サプライズを敢行してみるか」
「逆サプライズ……?」
困惑の表情を深める相手に、私は軽く手を振ってみせる。
「いや、気にしないでくれ。それより、教えてくれてありがとう。では、私も君と一緒に行くとしよう」
サプライズで連れてくるはずの主賓が、自分から勝手にやってくる。そんな逆サプライズも面白いではないか。
私は腹の中で笑いながら、新人の若手社員と共に、飲み会が開かれている居酒屋へ向かったのだが……。
――――――――――――
「えっ、課長?」
「なぜ課長がここに……?」
「おい、いったい誰が呼んだんだ?」
私の到着に、目を丸くする部下たち。「逆サプライズ」の効果は、私の予想を遥かに上回っていた。
しかし、具体的な内容としては、私が想定する「逆サプライズ」とは全く異なっていた。
むしろ彼ら以上に、私の方が驚かされてしまったのだ。
なにしろ飲み会の趣旨は、私の誕生日祝いなどではなく……。
貸し切られた個室には、わざわざ手書きの横断幕が掲げられていた。
『祝! 課長左遷!』
つまり、嫌な上司がいなくなるのを祝う会。
こんな形で私は、自分が職場で嫌われていることを、そして左遷が決まっていることを知ってしまうのだった。
(「この飲み会は何のお祝い?」完)
この飲み会は何のお祝い? 烏川 ハル @haru_karasugawa
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