第3話 お掃除完了

大きなスズメバチのような蟲魔獣に両脇を抱えられて宙に浮いてる今の私の姿を何も知らない人が見たらパニックになるかも。


そんな事を想像して「ふふっ」と思わず笑ったら、私を抱えてるキラー・ビーと言う蟲魔獣の女王【ハニーちゃん】が「チチチ?」と鳴きながら顔を覗き込んできた。


私の身長よりも大きな蜂。

体高は多分180センチくらい。

その真っ黒な複眼に写った私の顔はだらしないほどゆるゆるに緩んでしまってる。


「ううん、何でもないの。ハニーちゃんとこうして空を飛べるのが楽しいなぁって思って」

「チチチチチチチチ」


この世界の蟲魔獣の多くは音を発する器官を持っていて、このチチチチと言う連続する鳴き声は機嫌がいい時に良く聞くことができる。


地球の昆虫の中にはスズムシみたいなキレイな音で鳴く虫も居たけど、こっちの世界の蟲たちはそれに似た器官を持ってて気持ちを鳴き声にして伝えてくれる。

そしてみんな感情表現が豊かだ。


「主殿や、この階層も『素材集め』とやらは無しで良いのかい?」

「うん、5階層も低級の魔獣しか居ないから全部お掃除で大丈夫だよ、鎌鼬さん」

「あいあい、分かった」


真っ白なイタチの頭を上下に振りながら鎌鼬さんが全身から大きな鎌を何本も前方に群がる魔獣に投げ飛ばす。


妖怪【鎌鼬】さんは後ろ足で立てば体高が2メートルを超える大きなイタチだ。

真っ白でふわふわの毛に覆われたその可愛らしい姿からは想像も出来ないほど恐ろしいサイズの鎌を無限に生み出しては、それを無遠慮に投げ放ち残虐無慈悲に群れた魔獣たちを切り刻んで行く。


「蜂の女王殿、あまり前に出るなよ? 主殿に鎌が当たっては大変だからね?」

「チチチ?」

「あいあい、その通り。儂の起こす風より後ろに居ておくれ」

「チチ!」


鎌鼬さんの言葉にハニーちゃんが元気よく了解の返事を返して、そのまま私を抱えて5階層目の壁際まで下がる。


私の召喚獣である魔獣たちは知能が高い。

野生で生きる魔獣に比べたら人の言葉を良く理解できるので、主である私や人語を話す妖怪たちとの意思疎通も難なく出来てしまう。


「本当に、私の召喚獣たちはみんな優秀だなぁ。頭もいいし強いし、自慢の召喚獣たちだよ」

「チチチチチチチチチチ」

「ふふふっ。こんなに魔獣が溢れてる場所でも、ハニーちゃんにこうして抱きかかえられると安心できるよ。いつもありがとうね」

「チチチチチチチチチチ」


ハニーちゃんの嬉しそうなご機嫌な鳴き声を聞きながら、私は召喚獣たちが蹂躙する野良ダンジョンの5階層目のフロアを上空からただ眺めるだけだ。


牛鬼さんは巨体や大きな鬼の爪で魔獣を潰しながら相変わらず床に穴を開け、鎌鼬さんは大鎌を魔獣たちに無遠慮に投げ放ちながら掃除を進めてる。


蜘蛛魔獣オズ・カネラのゼノくんもその巨体からは想像できないスピードで移動したり、天井に蜘蛛の糸を伸ばしたりしながらフロアを縦横無尽に移動しつつ猛毒の牙で魔獣たちを次々と噛み殺してる。


そして蜂魔獣キラー・ビーの女王、ハニーちゃんが統率している20体ほどのキラー・ビーの兵隊たち。

ハニーちゃんに比べて一回り小さい蜂たちも、鎌鼬さんが投げ飛ばしている鎌を躱しながら目についた魔獣にお尻から生えた毒針をブスブスと刺して飛び回ってる。


「これこれ、蜘蛛の子に蜂の兵士たちよ、儂の鎌の前に出るでない」

「チチ、チチ」

「「「チチチ!」」」

「なになに? ちゃんと躱すから大丈夫と? わはははっ、言うではないか蜘蛛の子と蜂の兵士たちよ。鎌鼬の速さについて行けるとは」

「なかなか生意気な蟲たちだが、実際能力は高い奴らだ。鎌鼬よ、あまり気にせず好きにさせておけ」

「あいあい、分かった」


「やっぱり私の召喚獣たちはみんな優秀! みんなカッコイイよ!」

「「然り、然り!」」

「「「「「「チチチチチチチチチチ」」」」」」


私が声援を上げれば召喚獣たちは嬉しそうに魔獣を屠りまくってくれた。


ちなみに、私が召喚するこの世界のモンスターたち、所謂魔獣たちだけど、始めからこんなに強かった訳じゃない。

ここまで強く育つまでみんな数年から10年の歳月がかかってる。


ゼノくんとハニーちゃんは、私がこの世界に転移したその年に出会ってから召喚で呼び出すようになったので、召喚獣たちの中では一番付き合いが長い。

つまり、私が10年かけて大事に大事に育てた蟲魔獣ってことだよ。


ハニーちゃんもゼノくんも、召喚したての頃は私の手のひらに乗るくらい小さかったのに……。


「それが今じゃこんなに大きく立派に育って…っ!」

「チチチ?」


私を頭に乗せたり背中に乗せたり、こうして抱きかかえられるくらい大きくなってくれて……。


「みんな立派に育ってくれてありがとうっ」


召喚獣の成長を感じるたびに、親になったような気持ちが込み上げて泣けてくる。


と言うのも、サモナーが召喚できる召喚獣たちは最初から強い訳じゃない。

魔獣を初めて召喚した時、魔獣はその種族の最下位の存在から始まり、それを上位の存在に育て上げなきゃいけない。


例えば、ゼノくんもハニーちゃんも始まりは【ノミ】と言う蟲魔獣の最下位から育成が始まった。


蟲魔獣の成長は、最下位のノミから始まって、ノミ → ミニ → ノート → キルデ → エオ → キラー → オズ → ヘル・デ → エンペラー(またはクイーン)と成長していく。


今ゼノくんはカネラ種の上位の【オズ・カネラ】になっていて、ハニーちゃんはビー種上位の【キラー・ビー】。

カネラ種の最上位は【エンペラー・カネラ】で、ビー種の最上位は【クイーン・ビー】だ。


けど、蟲魔獣の成長には主であるサモナーの魔力量の増加と、長い時間をかけた【脱皮】をしなければいけない。


上位種まで成長してしまうと、この2つの条件をクリアするのがなかなか難しい…。


ゼノくんがキラーからオズに成長するのに脱皮にかかった期間は約4ヶ月。

ハニーちゃんがエオからキラーに成長するのにかかった脱皮の時間は約5ヶ月。

この時間の長さは種族によって変わるみたい。


召喚獣が脱皮期間に入ると、その召喚獣は召喚することが出来なくなる。

ハニーちゃんのような司令系の能力を持った蟲魔獣は彼女の操る兵隊のビーたちももちろん召喚できなくなる。


2匹が呼び出せないことで冒険者の仕事に大きな支障が出た訳じゃないんだけど、長い期間姿を見る事が出来なくなると、私の精神が不安定になってしまうんだよね。


虫の脱皮は命がけ。


上手く脱皮できず、脱皮不全を起こして関節や触覚、内蔵なんかがおかしな形で脱皮しちゃうんじゃないかって不安で不安で仕方なくなる。


脱皮器官はさなぎになってるらしいんだけど、その姿をサモナーは見ることが出来ないから尚更不安になる…。


私の場合特に、蟲が好き過ぎて脱皮が無事終わるか不安が募って精神状態が不安定になってしまうから、蟲魔獣の成長や進化には心身的なストレスがかかってしまう。


「ねぇ、ハニーちゃん」

「チチ?」

「ハニーちゃんはビー種の最上位【クイーン・ビー】になりたい?」

「チチチ!」


もちろん! という力強い返事が返ってきた。

それはそうだよね。せっかく生まれたなら、最上位種に成長したいって思うのは当然だよね。


そう、それは分かってる。

だから私も、召喚獣たちの希望を叶えるために、魔力量増加のための訓練を10年間欠かしたことは一度だってなかった。

可愛い召喚獣のためなら私はいくらだって努力を惜しむつもりはない……。


けど……。


私を後ろから抱きかかえるハニーちゃんの顔を見上げていると、やっぱり不安になる。


こんなに可愛い子が、もし脱皮不全を起こして上手に成長出来なかったらどうしよう……。


私はそういう考えや不安な気持ちが湧いてしまうのを止める術を持っていないのだ。


「おぅい、主。次の階にダンジョン不思議空間の総大将が居るようだぞ」

「主殿、あれは蟲ではないかい?」

「えっ!? 蟲っ!?」


私が考え事をしてる間に、5階層目のクリーニングはほぼ終わっていて、フロアの床には無数の穴が空いてた。


その穴を牛鬼さんと鎌鼬さんが覗き込みながら私を呼んでる。


「ハニーちゃん! 穴の中見たい!」

「チチッ!」


わたわたと手足をばたつかせれば、ハニーちゃんが床に空いた大穴の上でホバリングをしてくれた。


「うほぉーーー!? ム、ムカデだーー!? 大きい!! ピカピカ!! カッコイイぃぃ~~!!?!?」


私は目に写った大きなムカデの魔獣にサモナーの能力の一つ、【召喚士鑑定サモナーズ・アイ】を使う。


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魔獣【キルデ・ポーダ】

ムカデ型の蟲魔獣、ポーダ種の中位種。

強靭な顎と牙を持ち、その巨体で外敵を締め上げる万力を持つ。

牙の奥に強力な麻痺毒を噴射する器官がある。

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「うほぉぉ…っ! ほぁっ! ど、毒っ、つよ、ふわぁっ、か、かっこよ、つ、つよっ」

「これこれ、落ち着け、主殿。言葉になっていないぞ?」

「はっはっはっはっ! 主の蟲好きには毎度笑わされる」

「うっ、あっ、ご、ごめん」


奇蟲が好き過ぎるというのもあるのだけれど、あのカッコイイ可愛いムカデくんを私の召喚獣に出来たらとついつい妄想してしまって、ただのヤバイ奴に成り下がってしまう。


何も知らない人が今の私を見たら、頭がおかしい奴だと治癒院か教会に連行されてしまうかもしれない。


大丈夫、私には自分が興奮しすぎておかしくなってる自覚はある。

そう、自覚はあるから大丈夫。

頭おかしいって自覚してる。

自覚できてるってことは、周りに迷惑かけないように自制、自重ができる……はず。


―――カチカチカチカチカチカチ…。


ダンジョンボスであるだろうムカデを見下ろしていると、私たちの視線に気付いたムカデがこちらにカチカチカチという【威嚇音】を鳴らし始めた。


「主よ、【召喚士の鑑定】とやらは済んでいるのか?」

「うん! 鑑定済だからポーダ種はいつでも召喚できるようになったよ!」

「良き良き、それは良かった。ではあれは儂の鎌で切り刻んで……、って、おやおや」

「気の早い蜘蛛と蜂共だなぁ」


私が召喚士鑑定サモナーズ・アイは済んだと言った直後に、ゼノくんと20体の蜂兵隊たちがキルデ・ポーダに一斉に襲いかかる。


ゼノくんがお尻から出した糸で巨大なムカデを締め上げて、その巨体を地面に引き倒したと思ったら、20体の蜂兵隊たちが倒れたムカデの身体に一気に針を突き刺した。


一切の迷いのない連携の取れた召喚獣たちの高速の攻撃を見て、鎌鼬さんは「お見事」と言いながらカラカラ笑ってる。


うんうん! 本当に見事なあっという間の連帯攻撃だった!

大きなムカデはその一瞬の攻撃で絶命してしまってる。


でもそれもそうだよね。

ゼノくんと蜂兵隊たちは上位種の蟲魔獣だもん。

しかも20体も居る上位種のキラー・ビーの兵隊に中位種のムカデがたった一体で立ち向かうなんて無謀過ぎる話。


「20体のキラー・ビーの蜂兵隊に単騎で立ち向かうなら、最上位種の蟲魔獣くらい強くないと勝ち目はないね」

「然り。あれら蜂の兵士たちには我ら妖怪も手を焼く」

「うんうん、儂も蜂兵士とは敵対したくない。今後とも我ら妖怪とはよしなに頼むぞ蜂の女王」

「チチチチチチチチチ」


ハニーちゃんは私や妖怪たちに自分の蜂の兵隊たちの強さを褒められて嬉しいんだろう。

ご機嫌な鳴き声を上げながら、私を右へ左へふりふりと降ってホバリングを続けた。

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